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2007年2月18日 (日)

日本はアメリカの「植民地」ではない!

 先週は納期のきつい仕事が重なって新聞も余り満足に読むことが出来なかったのですが、土曜日に一区切りつけることが出来たので早速気晴らしに映画を観に行きました。いつも何処かへ出掛けようとすると用事が入ってくるのが常なのですが、今回もちょっとした打合せ事項が持ち込まれ20分ほど手間取ってしまった。車に飛び乗ったのですがちょっとした渋滞もあり、お目当ての「ダーウィンの悪夢」には間に合わず、急遽「グアンタナモ」に変更。多くの日本人もアメリカの世界観に染められて世界を観る習癖が付いてしまっていると思うだけに、多くの日本人に観て貰いたい映画の一つだと思いました。

 帰宅して「ブロード・キャスター」を寝ころんで観ていると算数も英語で教えている学校というのが紹介されていた。小学校に英語教育を導入する等という程度の話しではなく英語で考え、英語で討論するところまで狙っている。「こんな小さい頃から英語を教えるのってどうなんだろうね?」とうちの奥さんに問いかけられる。
 基本的には小さい頃は日本語をしっかり学んだ方がよいのではないかというのが私達の意見です。我々も子供達も英語は不得意の部類にはいるので、多くの親が早く子供達に英語に親しませたいという一心で動いていることは理解できるのですが、日常的に英語に接する仕事にでも就かない限り元の木阿弥だろう、だから無駄なことに時間や金を使う意味は無かろうというのが正直なところだ。

 只、この学校の英語に対する姿勢は相当徹底しているので、覚悟さえあれば子供達にこうした教育を受けさせるのは有りだろうなとも思う。覚悟とは子供達が日本人ではなくなってしまうことに対する覚悟のことだ。ここでは子供達が読んでいるのが「The Life」と徹底している。英語で思考する以上にアメリカ人のように思考するようになることを覚悟しておいた方がよい。「英語の使える日本人」を望むなら止めた方が好い。「日本人の顔をしたアメリカ人」を覚悟できればこうした選択はあり得る。国籍はともかく子供達がアメリカ人になってしまう事を覚悟できれば有りだ。勿論、子供達本人が将来そうなったことを喜ぶと信じることが出来ればだけど…。私が現在この年代の子を持っていたとして、とてもそんな選択をする自信はない。

 上記の学校に通わせる親はある意味勇気があると思う。「清水の舞台から飛び降りる」ような勇気だけれど。しかし、全国の小学校に英語教育を導入するというのはどうだろうか?これには、親の英語コンプレックスを越えたものを感じる。「日本はアメリカの植民地じゃないんだぞ!」と言うと大抵の人は目を剥く。インド人やフィリピン人が英語を使えると羨ましそうに言う人もいるが英語が公用語となっている国は例外なくイギリスかアメリカの植民地だったところだ。それを羨ましいというのは、やはり歴史認識に難がある。英語を使わなくても生活できる国というのは誇りに思っても良いことなんです。

 みんな英語が話せる国を目指すというのは何かおかしくないだろうか?日本人が外国に行ったらその国の言葉が出来れば良いなと思うのは自然なことだし、英語が広く話されていることを考えると仕事であれ観光であれ外国へ出掛けようとする人が英語を学ぼうとすることは分かる。しかし日本で外国人にあったら英語で話せなくてはマズイと考えるのはおかしい。日本に来た外国人が日本語で会話したいと思うことが自然なことで、日本人が英語を話せないことを恥じる必要は微塵もない。中国人や韓国人に対して中国語や韓国語を話せないことを恥じる気持ちを抱くだろうか?まずそうは思わないはずで、話せるに越したことはないけれど努力するのはまずそちらと思っているでしょう。それが当然のことだと思う。しかし、白人を見ると英語で話さなければと思ってしまうと言うことがそもそも既に病気なんだと思った方が良いのではないだろうか。

 どうもアメリカ人が日本で活動し易い環境を作ることに隠れた目的があるように感じて仕方がない。外国とのコミュニケーション能力の事を言う向きもあるが、それなら北海道の稚内や根室は英語よりもロシア語だろうし、北海道の観光地は中国語や韓国語の必要性の方が英語よりも高いだろう。全国一律に英語というのは訳が分からん。

 60年前にはアメリカは日本軍の情報を得るために大量の日本語の分かる兵士を養成した。これから日本もアメリカから自立していくためにも英語の分かる兵士を養成していると言うなら立派。しかしどうもそうではなさそうだ。
 小学校で英語に親しみ、「ライフ」を読んで育った子供達は英語の出来ない日本人の親を軽蔑し、英語がペラペラのアメリカ人(出来て当たり前なんだよ!)を尊敬するように成りはしないだろうか? 今から十年余りの後、英語ペラペラの日本兵を米軍の指揮官が率いて中東で戦っているなんて姿は悪夢だ。

 奇しくも20日からチェイニー副大統領が日本へやって来る。ハッキリ言ってアフガニスタンへの派兵を求めるのだろう。先月、安倍総理もわざわざNATO本部に出掛けてアフガニスタンでのNATOとの協力を打ち出しているところを見ると、派兵の意欲はあると見た方がよいだろう。チェイニーはブッシュ政権のやり方に批判的な久間防衛大臣には会わない予定だという。スムースにアメリカの政策に協力してくれる大臣への交代も画策するかも知れない。日本兵の命やら日本の国益を考慮するような大臣はアメリカは邪魔だろう。

 安倍総理の言う「戦後レジュームチェンジ」とは「アメリカの力を利用して日本の経済発展を図る」事から「日本の力をアメリカに捧げる」体制への転換のことかも知れない。これが戦犯指定を赦された岸信介おじい様の果たせなかった使命なのかも知れない。国会が目をつぶればその姿は間もなく明らかになる。正念場が近い。

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コメント

なるほど、自分の子供が「日本人の顔をしたアメリカ人」になる「覚悟」ですか。
「覚悟」といえば、明治に渡米した津田梅子らの親たちには、本当に相当の覚悟があったのでしょうね。
もちろん、今の親達にはそこまでの覚悟は必要ないでしょうけど。
ところで、チェイニーという人も相当しぶといですね。かなり、疑惑まみれのようですが。

投稿: かつ | 2007年2月19日 (月) 13時03分

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