結局は「総理大臣になりたくない」小沢一郎?
昨日の午後、小沢民主党代表が辞意を表明した。 全く政界は一寸先は闇だ。
小沢一郎氏の現在そして近い将来の役回りはそう遠くない時期に明らかになっていくだろうけれど、いくらかの見当はつけておきたいと思い、民主党のサイトに載せられている小沢代表の二つの声明なる文章を読んでみた。記者会見で読み上げたものと同じと思っても良いようだ。
「民主党代表としてけじめをつけるに当たり 」との声明文の内容は箇条書きでわかりやすい文章だと思う。最近月刊誌「世界」で展開した国際貢献活動への自衛隊派遣の要件を国連の決議とする事に福田総理が同意した事が成果として真っ先に打ち出され、だから政策協議をする条件が整ったと主張している。そこまでは良いのだが、連立協議の中で「国民の生活が第一」の政策が実現できるとするのはどうか?その次の民主党には政権担当する力量が未だないと言うに至っては「あんた何処の人よ!?」との思いがする。
小沢氏の主張は、自民党が「国連決議の前に日本の主権が消える」と盛んに批判していたようなものではなく、「自衛隊派遣の為には国連決議を必要条件とする」と理解しているし、賛成でもある。日米同盟などと言われてアメリカの戦争に駆り出される事態を防ぐためにも「国連決議」を盾に取るのはあり得る選択だと思っている。国連が世界政府なんかでないことは自民党に言われなくても分かっている。国連がアメリカに牛耳られながらもアメリカの自由には必ずしもならないところがミソで、日本政府の自主性を取り戻すためには必要だと思うのだ。必ずしも反米にはならず、しかも必ずしも対米従属にならないところが今の日本には丁度良いと思う。
だから、小沢氏の主張に福田総理が同意するというなら尚更、連立でなくても良いだろうと考えるが、連立に拘るところが不思議なところだ。政策協議も可能だと思うが、国会の論戦で法案を擦り合わせていくことだって可能ではないか? 協議と論戦のどちらを国民は欲しているかというと私は論戦の方だと思う。 「国民の生活が第一」との政策論争は国会の中で堂々と出来るもので、自民党と民主党の協議でなければ実現できないというものでもない。今の国民はどちらの党の主張が国民のためになるかを判断したがっている。勿論、民主党に軍配が上がるとは限らないけれど、アメリカとの関係を含めて自民党の政策で良いのかとの判断を国民は下したがっている段階にまで参院選後、至ったと思っている。論議を見せなければ国民のレベルも上がらないよ。
「中傷報道に厳重に抗議する」との声明も、民主党に政権担当の「力量が未だない」との言葉も全く理解しがたい。何故この時期にしかも現役の党首が言えるのよ!…? マスコミの件では佐藤栄作総理が辞任時に新聞記者を追い出して一人でテレビカメラの前で喋っていた姿を思い出すのだけれど、この時の事は今現在西山太吉氏が裁判で追求している沖縄密約疑惑などが真実だったことが証明されるにつれ、総理大臣としての最後の虚勢に過ぎなかったことが分かる。ノーベル平和賞だって当然返上しなければならない。 マスコミを批判した内容はその通りだとは思うが政治家がそれを言っちゃーお仕舞いよ! マスコミを利用して政局を動かすくらいでなければ大政治家とは見られないでしょう。
「力量がない」との言い方にも苦い思い出が疼く。 昔、学生運動なんかではよく「主体的力量がない」なんて言い方が良くされたけれど、結局は「やりたくない」「やらない」の同義語だと言うことが後に分かった。小沢氏も政権を取るための努力を続ける気がなくなったと言うことだろうか? 自分のやる気が無くなったのに党員や民主党に期待している国民に「後足で砂をかける」ような事ってどうよ…?
立花隆氏が「小沢一郎は田中角栄が牢屋の中から政界を操ったその時期に、それを学んだ」と言うようなことをどこかで書いていたと思うが、結局は陰で政局を動かすことしか出来ない、ないしは望まない人なのかも知れない。結局は総理大臣には成れない、またはなりたくない人なのかも知れない。彼の憂鬱は「総理大臣になっちゃったらどうしよう?」だったのかも知れない。 私の無責任な想像ですが……。
民主党は自ら総理大臣の重責を担う覚悟のある党首を選んで再出発する以外にない。
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コメント
TBのお礼に参上しました。へっぽこ政談のkuronekoです。
>「力量がない」との言い方にも苦い思い出が疼く。 昔、学生運動なんかではよく「主体的力量がない」なんて言い方が良くされたけれど、結局は「やりたくない」「やらない」の同義語だと言うことが後に分かった。
大笑い。たしかに小沢氏は、政権をとりたくないのかも。
というか、ただ政権をとるというのではなく、政治のあり方そのものを変えようとしているのではないかと思います。
褒める意味で言っているわけではないのですが。
投稿: kuroneko | 2007年11月 5日 (月) 12時17分
お邪魔します。
TB頂いたので拝読しました。
私も,小沢さんは「総理になりたくない人」だと思っています。
民主党の代表になったときも意外に思いました。
政権交代へ向かう最後の大勝負で,道筋をつければ首相は他の人に任せるのだろうと思っていました。
今回の辞任劇は,未だよくわからないところが多いですが,小沢さんなりに前進しようとしているものと期待して見守りたいと思います。
投稿: WontBeLong | 2007年11月 5日 (月) 23時10分