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2008年12月30日 (火)

福祉の貧困

 昨日(28日)は二人で蠍座まで映画「休暇」を観に出かけました。以前から注目していたのですが、北海道で観るのは無理かと諦めかけていました。以前ソクーロフの「太陽」を観たときには5人くらいでしたので、今回もそんなものかと覚悟して出かけたのですが、意外にも補助椅子を出すほど盛況でした。

 声高に死刑制度反対と叫ぶ映画ではないのですが、国家が刑を執行すると言っても国家ができるはずもなく、刑務官という名の生身の人間が執行する、その苦悩ぶりを描き、死刑制度そして来春からの裁判員制度を考える場合の一視点を提示するものと思いました。映画とはいえ、死刑執行のシーンでは館内に緊張が走るのが分かりました。できることなら議論の前提として国民全員に観てもらいたいもの。

 今日は今月の7日に逮捕されていた東金市の事件の容疑者が殺人容疑で送検されたことが報されていました。警察からの小出しの情報によって容疑者が真犯人との心証が形成されていく経過がどうにも不透明だ。容疑者は知的障害者だと言うのだから実名報道がそもそも適正なのかも疑わしい。

 千葉県東金市、保育園児成田幸満(ゆきまろ)ちゃん(当時5歳)が殺害された事件で、東金署捜査本部は28日、同市東上宿、無職勝木諒(かつきりょう)容疑者(21)を殺人容疑で千葉地検に送検した。


 発表によると、勝木容疑者は9月21日午前11時18分~午後0時26分の間、自宅マンションの浴槽で、幸満ちゃんを水につけて窒息させ、殺害した疑い。

 捜査幹部によると、勝木容疑者は、殺害時の詳しい状況などについて供述を始めているという。

 ただ、幸満ちゃんを部屋に入れた経緯や殺害の動機については、不可解な点があり、捜査本部は慎重に調べている。
(2008年12月28日19時25分 読売新聞)


 ちょうど、本屋で見かけた「自閉症裁判」--レッサーパンダ帽男の「罪と罰」と言う本を読んだところなので、尚更この事件との類似性に思い至らないわけにはいかない。「経過や動機に不可解な点があり」と捜査側は言っているが、できた調書は警察の描いた絵に過ぎない可能性が大である。

 警察も好きこのんでやっているのか仕方なしにやっているのかは分からないのですが、本来は福祉で対応すべきところを福祉の貧困さのために警察が対応するしかないという状態に陥っている一例のようにも思える。それは山本譲司氏が「累犯障害者」のなかで詳しく描いたところだ。若く健康であっても生活しずらいこの日本では障害者や高齢者の生きにくさは何倍にもなる。一度道を踏み外したものは二度と戻っては来られない。結局は警察のご厄介になるしか生きて行きようがないのではないか?

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2008年12月26日 (金)

時間がもったいなかった4時間半

081224185501 24日夜放送された「あの戦争は何だったのか-真珠湾への道」なる番組を観ました。考えてみるとクリスマス・イブで、子ども達と浮かれていたはずのこの日に放送するとは良い度胸をしている。もっとも我が家はケーキもなく、ホタテの炊き込みご飯で夕食と言うことで、既にクリスマスなんてどこの話?という風情なので抵抗もなかったですが…。

 軍部に引っ張られて泣く泣く戦争に突入していったという歴史観から、最近はマスコミも国民も戦争を望んでいたとの解釈がなされるようになったことをこの番組も示している。そしてそのことは正しいことだと思うし、今後の日本の進路を考えても必要なことだと思うが、「国民が気付いていないから教えてあげる」との上から目線を感じるのは私がひねくれているからだろうか?解説が長すぎるのだ。

東條の開戦決意時の、「日本は下手をすると未来永劫膝を屈しアメリカに石油を請い続けることになる」だから闘うのだとの言葉程、歴史の皮肉を感じた言葉はない。膝を屈しないために闘ったはずが、戦後60数年の今なお日本に米軍基地があり、強要されてのものかすすんで貢いでのものかは定かでないが思いやり予算なるものを米軍に支払い、グアムに移転すると言えば移転経費を負担させられている。これが闘った結果なのだから、これほど皮肉な話はない。戦犯として処刑された人達は敗戦という結果は見たが、遥かに長い期間に渡る無惨な結果を見ないで死ぬことができたのだからある意味幸せかもしれない。日本の歴史に残した爪痕の大きさに気も狂わんばかりになること間違いがない。知性があるならば…だが。

 それにしてもドラマとしては全くいただけなかった。戦争前夜の緊張感も何も感じられないのだから失敗作と言うしかない。何よりビートたけしの東条英機がいただけない。滑舌が悪すぎる。台詞からも表情からも心の中を窺い知ることができない。心の中を見せまいとする演技もあると思うが彼の場合はどうも空っぽにしか見えないのだ。台詞を喋ることに汲々としていて演技なんて考えている余裕もないのではないだろうか?役者は止めた方が良いと思う。

 それと野村万作の昭和天皇も毅然として立派すぎる。自分としてはソクーロフ監督の映画「太陽」でのイッセー尾形の姿の方が納得がいく。第一あんなにリーダーシップがあるならGHQとしても戦犯から救いようがなかっただろうと思ってしまうのだ。

 実はドラマとして興味があったのですが、役者が払底しているとの印象をますます強く持った。しかし本当は役者を選ぶプロデューサーの能力の方が問題なのかもしれない。この4時間半は総じて保坂正康の歴史観を解説してもらう番組だったとの印象しか残らなかった。だとしたら「時間がもったいない」。

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2008年12月21日 (日)

「正義が実現したと言うことだ」の衝撃

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 読売新聞社会面ではこのところ死刑制度を取り上げている。左の記事では弟の命を奪われた原田正治氏と松本サリン事件で被害者でありながら容疑者扱いをされた河野義行氏が取り上げられていた。私はこの人達の考え方に強く共感するところがあるのですが、これだけでは死刑制度反対に傾いている私としては「手前味噌」の誹りを免れないでしょう。被害者感情という面では、色々悩んだ末に「やっぱり犯人の命をください…」と思う被害者遺族の感情も胸に突き刺さるものがあります。 少し長いのですが紙面が手元に残っていないのでネットでとったものを引用させてもらいます。

最初は終身刑望んだ母「やっぱり犯人の命をください」

実家にある久保田奈々さんの写真は、病を克服して食べられるはずだったチョコレートや、庭木の果物に囲まれている(長崎県平戸市)

 「終身刑を望みます」

 娘を殺害した犯人が逮捕された直後、どんな刑を科してほしいかと捜査官から尋ねられ、久保田博子さん(51)はそう答えた。

 2004年12月12日夜、福岡県飯塚市で一人暮らしをしていた三女の奈々さん(当時18歳)が、アパートへ帰る途中、近くの公園に引きずり込まれ、絞殺された。翌日、離島の的山(あづち)大島(長崎県平戸市)から駆けつけた博子さんと夫の寿(ひさし)さん(52)が対面したのは、今まで見たこともない、苦しげな顔をした奈々さんだった。

 3か月後、土木作業員の鈴木泰徳被告(39)が強盗殺人容疑などで逮捕され、わずか1か月余りの間に福岡県内で奈々さんら3人の女性を殺害したと自供した。

 「死刑は当然」と寿さんは考えていた。しかし、博子さんはそう思えなかった。

          ◆

 奈々さんが難病の膠原(こうげん)病にかかっているとわかったのは、声優になる夢を抱いて島外の高校に進学して間もなくのことだ。入院施設のある養護学校に入り直した。一日80錠の薬の影響で顔は腫れ、大好きだった甘い物も食べられなくなった。

 娘を見舞うため、養護学校を訪ねた博子さんは、車いすで懸命に教室に通ってくる筋ジストロフィーや心臓病などの子供に出会う。いつも自分の死を見つめているように感じられた。

 「私は絶対に膠原病を治して、声優になって、重い病気の人を励ましたい」。ある時、そんな決意を明かした奈々さんは04年春、病が癒え、卒業する。だが、仲が良かった難病の男子生徒はその後、亡くなった。

 「長くは生きられないことがわかっていても、悲観することなく懸命に生きていた。そんな子供たちを見て、生きていける命をほかからの力で奪うことに抵抗を感じていました」と、博子さんは言う。

          ◆

 鈴木被告は幼い2人の子供がいながら、パチンコや酒で借金を重ね、ストレスをためた末、乱暴目的で一人歩きの女性を探し、偶然見かけた奈々さんを襲った。しかし、福岡地裁の法廷では捜査段階で認めた殺意を否認し、「生き続けて、若い人たちに犯罪に走るなと伝えたい」などと訴えた。

 「何でうちの娘を」。傍聴席で、博子さんは叫びたい衝動を何度もこらえた。養護学校を卒業後、手に職をつけるため、飯塚市内の歯科技工士の専門学校に入学した娘は、事件の3週間前に会った時、「今の学校は楽しいけん。ここに来て本当によかった」と笑顔で話していた。クリスマスには思い切りケーキを食べさせてあげたかったのに。

 06年3月9日の第8回公判。博子さんは意見陳述に立った。当初は死刑でなく終身刑を求めた気持ちから話し始めたが、途中から抑えていた感情があふれ出た。

 「私たちは成長した奈々に会えないのに、犯人はさも罪を償っていましたと言わんばかりに、大きくなった我が子に会える。嫌だ、それだけは許さない……。私の心はどこまで醜くなるのでしょう。やっぱり犯人の命をください……」

          ◆

 12日、今年の命日の夜を、両親は島の自宅で迎えた。地裁、高裁でともに死刑判決が出た鈴木被告は今年2月、最高裁に上告した。

 「罪のない子供が親に会えないことを願うなんて、おかしいと自分でも思う。でも、もし被告が無期懲役になることを考えると……」。博子さんは声を震わせた。

 「命の大切さを分かっている妻は、犯人の死を望む自分を責めてきました。こんな思いをする家族をもう出さないためにも、落ち度のない人を殺せば死刑だということを示すしかないと思います」。寿さんは語った。

 (連載「死刑」第2部「かえらぬ命」第3回)
(2008年12月13日07時32分 読売新聞)


 死刑制度を考えるときに遺族感情を中心にしてしまうと思考は千々に乱れまとまることはない。加害者も被害者も動機も百人百様で、例え死刑を執行しようとも感情の修復が済むというものでもないことを目にする。直接の被害者でない自分たちは死刑執行で気が済んだのでしょうと思いがちだが、実際のところはそうでもないようだ。完全に癒されるなどと言うことはあり得ないことと考えた方が良いように思う。 どうも、死刑制度を考えるときには遺族感情と言うよりも国家が人を殺すと言うことを中心にして考えるべきなのではないだろうかと思うようになった。

 「国家が裁く、国家が殺す」と言うことに思い至るようになったのは例の「ルーシーさん事件」裁判に対する母親のコメントに若干の衝撃を受けたことに拠るのです。

 判決を傍聴したルーシーさんの母、ジェーン・スティアさん(55)は、隣に座った通訳がノートに筆記する文面から判決を読み取った。判決後、英国大使館で記者会見し、「ルーシーに起きたことを聞くのはつらかったが、判決には満足している。ルーシーの件で有罪になり、無期懲役が言い渡されたのだから、正義が実現したということだ」と語った。
(2008年12月16日22時54分 読売新聞)

 「正義の実現」と言うことが国家が裁くと言うことの意味なのか?!との驚き。法学部なんかではこう教えられているのかもしれませんが素人の私には新しい発見でした。人権というと「加害者の人権ばかりを守る、被害者の人権はどうなるのか」と反論されることを近年ずっと目にし続けてきたのですが「国家に人権を守るよう」命じたのも他ならぬ我々国民だと言うことも考えなければなりません。「被害者に代わって国家が仇を討つ」というのが国家の役割だというような現在の風潮は違っているような気がしています。

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2008年12月17日 (水)

「休暇」がようやく札幌に来た

Qka_main_2 前から見たいと思っていた映画でしたがなかなか来ないので今年は無理かもと諦めかけていたところ、蠍座で29日まで公開しているとのこと。 蠍(さそり)座の名を目にしたときはポルノ3本立てなんてのを上映していたオリオン座だかオデオン座だかを連想してしまったのですが、上映作品をずっと見続けてきたところ至極上質な映画を上映し続けているので注目していました。ちょっと怪しげな名前のミニシアターですが、館主の選択眼は確かで、シネコンにかけられない良質な映画が続々と上映されています。 さて、師走ですが何とか時間をあけて見に行くことにしましょう。

ちなみに場所は
札幌市北区北9条西3丁目
タカノビルB1
TEL.011(758)0501

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2008年12月16日 (火)

スリリングな記者会見?!

 記者会見で靴を投げつけられるとはブッシュ大統領も驚いたことだろう。

 [バグダッド 14日 ロイター] ブッシュ米大統領は14日、イラクの首都バグダッドを予告なしで訪問し、タラバニ大統領やマリキ首相らと会談した。ブッシュ大統領のイラク訪問は2007年9月以来。2003年のイラク戦争開始以来4回目となる。来年1月の任期切れを控え、在任中最後の訪問になるとみられる。

 イラクと米国はこのほど地位協定締結で合意。同協定のもと、米軍は2009年7月までにイラクの主要都市から撤退、2011年末までにはイラクから全面撤退する。ブッシュ大統領の突然のイラク訪問はこの合意に続くもので、2003年のフセイン政権崩壊後に悪化した治安の回復に謝意を示し、米軍撤退後に治安維持に果たす役割が増大するイラク警察および軍関係者を激励することが目的とみられる。

 ただ、マリキ首相との共同記者会見中、イラク人記者がブッシュ大統領に靴を投げるハプニングがあった。記者はアラビア語で「これがイラク人からのお別れのキスだ、犬め」と叫び、靴を投げつけた。中東では靴を人に投げつける行為は最大の侮辱行為とされる。一方の靴はブッシュ大統領の頭上を通過。もう一方はブッシュ大統領が身をかがめたため、当たらなかった。マリキ首相も腕を伸ばし、靴がブッシュ大統領に当たるのを防ごうとした。靴を投げつけた記者は直ちに拘束され、会場から連れ出された。


 突然の訪問に驚いていたのですが、それよりも…ですね。何とか地位協定を結んで、かっこよく引退のセレモニーと行きたかったのでしょうが、イラク人の恨みの感情を見せつけられ、格好悪く引き下がるしかないようです。ただ、靴が当たらなかったことは残念!…じゃなくて、幸いでした。如何にブッシュといえども「蛙の面に小便」と言うわけにはいかないので、洒落にならない。(それにしても、記者さん大丈夫かなー?)

 記者会見の席で記者自身が手を出すというのは本来はまずいことだ。しかし、国をめちゃくちゃにされて、身内や友人に死者を抱えたであろう人間のやることとしてはものすごく共感できるものがあります。 以前、ブログに書いて随分批判されたのですが、グリーンピースが調査捕鯨のなかで鯨肉の横領が行われている証拠を挙げようと窃盗を働いた件と似ている。 靴を投げつけた記者を裁くのと、戦争で多くのイラク人と米兵を死なせたブッシュ大統領を裁くことのどちらに意味があるか?と、聞きたい。--多少の無理は承知で断言させていただきました。

 アメリカの記者会見は結構スリリングだと聞いていたけれど、イラクも負けずにスリリングだと言うことが分かりました。振り返って日本の記者会見はどうでしょう? 先日の麻生総理の記者会見なんかを聞いていて驚いたね。仕切っている人が「どなたか質問のある方は社名と名前を名乗って質問してください」と言ったかと思うと「ハイ、何々さん」と指名するのです。「何々新聞の方とか何々テレビ局の方」と言わずにいきなり個人名を呼ぶのです。---何だよ!知り合いかよ!?って感じ。 記者クラブ制度に守られてお友達なのかもしれないし、実は質問事項も、だれが質問するかも事前に調整済みなのかもしれない事をうかがわせるに十分な出来事でした。緊張感がないこと甚だしい! 記者会見は記者クラブ外の記者にも開放しましょう!

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2008年12月15日 (月)

可愛いとはいえ…

Dscn0512c 急ぎの仕事をようやく仕上げ、昨日は久しぶりに近くの公園へカメラを持って出かけました。一部に原生林が残っているところでエゾリスも住み着いています。老人達の心の友なんですねー。いつも数名の老人達の姿を見かけることができます。かくいう私も立派にお仲間なんですが…。 可愛いのは分かるのですが、餌付けをしようとするのはどうかな?と思っています。人間をはじめとする他者への警戒心が薄れることは野生にとっては致命的なことになりかねないので…。住宅街に囲まれているとはいえ、何せ上空には猛禽類が時々姿を見せるのですから決して「油断めさるな!」と言うことです。

 折しも昨日は佐渡のトキが一羽動物に襲われて死んだらしいとの報が入っています。 

環境省は14日、新潟県佐渡市で9月に放鳥した国の特別天然記念物トキ10羽のうち1歳の雌1羽が同市の山中で死んでいるのが見つかったと発表した。放鳥したトキの死が確認されたのは初めて。

 環境省佐渡自然保護官事務所によると、死んだトキは14日午前10時半ごろ、地元の住民が発見。現場では羽根が散乱し、肉がほとんどない状態で骨の一部が見つかった。同省はトキが動物に襲われた可能性があるとみている。

 個体識別用の足輪などから放鳥された1歳の雌と判明。死骸は同事務所が収容した。今後は佐渡トキ保護センターが新潟大学と協力して死因を分析する。

 環境省などは放鳥後から毎日、目視などによるトキのモニタリングを行っているが、死んだトキは今月9日に約5時間、歩かずにうずくまっていた様子が確認されており、けがをした可能性が指摘されていた。

 佐渡とき保護会顧問の佐藤春雄さん(89)は「唯一のペアを形成していた個体で、繁殖に向けて期待していただけに残念だ」と話している。
2008/12/14 20:09 【共同通信】

 人間に育てられた鳥を野生に戻すと言うことは想像以上に大変なことだと思わざるを得ない。外敵の存在を意識することなく育ってきた鳥には、いくら翼があると言っても警戒心をとぎすまして生き抜いていくことは並大抵のことではない。何とか生き残った個体達が二世、三世と世代を重ねていくのを待つ他ないのだろう。

 人間にできることは生存できる環境の維持にこれ努める以外にほとんどなすすべがない。この自然界に対する無力さを知ることが人類にとっては大事なことなのだとつくづく思います。

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2008年12月 6日 (土)

冤罪は只の一件もあってはならない!

 昨日の夕刊の片隅に弘前大教授夫人殺人事件の犯人とされ服役後に冤罪であったことが分かった那須隆さんが今年の1月に死去していたことが分かったとの記事が載せられていた。

 青森県弘前市で1949年に起きた弘前大教授夫人殺害事件の犯人とされ、真犯人が現れて再審無罪となるまで冤罪(えんざい)に苦しんだ那須隆さんが今年1月24日、青森県内の病院で死亡していたことが分かった。84歳だった。

 那須さんは49年8月、弘前大医学部教授の妻が自宅で殺害された事件で、約2週間後に警察に逮捕された。一貫して犯行を否認したが、53年に最高裁で懲役15年の刑が確定し、服役した。事件から20年以上たった71年、知人が真犯人として名乗り出たことから再審を請求。いったんは棄却されたが、異議申し立てが認められ、77年に仙台高裁で無罪が確定した。
(2008年12月5日14時48分 読売新聞)


 私が生まれたばかりの頃の事件なので記憶されることはないはずなのですが、真犯人が名乗り出て70年代に報道されたことで私の記憶にも残っている。裁判員制度が半年後に始まることや、犯罪被害者参加制度が始まると言った日本の司法制度の大きな転換期のこの時期に明らかになったことは、単なる偶然とは片付けられないものを感じました。

 那須さん、当時25歳は事件2週間後逮捕されるのですが、一貫して否認しアリバイを主張したが、両親の証言は肉親と言うことで採用されなかった。--肉親は確かに身内をかばう傾向があるとは言え、通常夜中に存在証明できるのは肉親に限られる。私達も九分九厘肉親にしか証明してもらえないだろう。決定的とは言えないまでも一顧だにされないというのは常人の感覚では理解しがたいのだが、時に捜査当局は筋書きに反するものは排除していく傾向がある。

 検察は白の開襟シャツに被害者の血痕がついていたことを証拠として殺人罪で起訴するのですが、一審では無罪となってしまった。そこで控訴審では法医学鑑定の権威である古畑鑑定(那須の白開襟シャツに付着していた血痕は98.5%被害者の血痕である)を持ち出し、懲役15年の実刑判決を得る。その後最高裁で確定。-- 一審では血痕とされるものがそもそも血なのかが争点となったほどの微かなものだったらしいのですが、二審では古畑鑑定ではほぼまちがいなく被害者の血痕だとされている。後日、無罪が証明されるものの服に何故、被害者の血痕がついていたかの方が大問題で、強く警察側の証拠捏造が疑われるところだ。

 この事件では指紋採取にも成功しているらしいのだが、その事実が伏せられていたという。誰の指紋かは分からないが、那須さんの指紋とは一致しないと言うことだから、別な真犯人の存在を暗示するものなので隠されたと見て間違いがない。容疑者が犯人でない可能性を示す証拠は排除されて裁判にも出てこないと言うことです。日本の裁判では警察・検察にとって都合の悪い証拠は隠すことが当然のように行われていて、冤罪を作り出す元になっている。アメリカなどでは証拠は全て提出することが原則で、証拠を隠していたと言うことが明らかになったらその場で無罪判決が出るほどなのに、全証拠の提出が義務づけられていないというのは日本の司法制度の明らかな欠陥だ。

 1970年11月の三島由紀夫事件に影響を受けた真犯人の告白で再審請求がなされ、1976年に再審が決定し、翌年無罪判決が出されるのですが、身の潔白が証明されるまで28年を要した。真犯人は三島に影響を受けたとはいえ時効を計算したことも多分明らかでしょう。殺人事件の時効制度は廃止すべきだとの意見が大きいですが、時効があるために真犯人が名乗り出るハードルが下がるという意義はあるかもしれない。時効制度廃止の前に日本の司法制度をより冤罪を生み出さないものに変える必要があると思う。

 さて、裁判員制度は日本の司法制度を大きく変えるものでありますが、変える方向が冤罪を防ぐものになるかと考えるとどうにもそちらの方向には動かないように感じる。被害者も裁判員も検察と一体となって容疑者を断罪する方向へ向かう可能性が圧倒的に大きいと思う。多くの人達は裁判員になることを心配しているのですが、冤罪事件を調べてみると自分たちが容疑者として裁かれる立場に立つ可能性の方により大きな恐ろしさを感じる。今夜のNHKでは裁判員制度を取り上げて特集をやるようですが、多分裁く方の立場で色々考えるのでしょうね。裁かれる方の立場(必ずしも真犯人ではない)を考えることにどのくらいの比重をかけられるものか注目したい。

 「冤罪は只の一件すらあってはならない」との立場に国民は何時か立つことができるだろうか?

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2008年12月 2日 (火)

警察の正義が社会を壊すこともあり得る!

 日曜の昼から各テレビ局で取り上げているので、どんなに大きな問題かと思ったらタバコを吸っていたという話なのですね?

<黄柳野高>学生寮に喫煙室 県条例違反容疑で捜索 愛知
2008年11月30日(日)17時50分配信 毎日新聞

 愛知県新城市の私立黄柳野(つげの)高校が学生寮に喫煙室を設置したとして、県警少年課が県青少年保護育成条例違反(喫煙場所の提供)容疑で同校を家宅捜索していたことが分かった。同校は「禁煙指導室であり、喫煙室ではない」としているが、生徒の喫煙を黙認していた。県警は教職員らから事情聴取し、容疑が固まり次第、書類送検する。

 家宅捜索は29日に行われ、県警は灰皿などを押収した。

 私立高校がどんなトンでもないことをやっていたのかと詳しく聞いてみると、喫煙をそそのかしていたというのではなく、苦渋の選択として「禁煙指導室」という名の喫煙室を作ったと言うことに過ぎないではないか。高校と言うから未成年者と思いこみがちだが、成人した人も在籍している。しかも全寮制と言うことで学校にいる間禁止すれば済むという問題でもないところが難しいところだと言うことは想像に難くない。

 それにしても何故警察なんだ?? 分煙運動はいつから警察管轄になったのでしょう? 覚醒剤でも勧めているというなら警察が乗り出すことも分かるけれど、たかがタバコでしょう。しかも20歳以上では禁じられてもいない。 いくら条例に抵触するとはいえ警察が乗り出す問題ではないように思う。喫煙が問題だったとしても、成人も含む生徒の教育をしている場だと言うことを考えれば、教育委員会なりを通じて高校と指導方針を検討するという手順を経るのが筋ではないのか? 何でも警察が出ればいいと言うことではない。

 黄柳野高校のHPを見ると、本来は喫煙には元々厳しい態度をとっていたようだが、不登校の生徒を受け入れると言う趣旨で建学している事もあり、喫煙者は一律排除と言う姿勢をとり続けることができなかったのではないか? 受け入れた上で喫煙を止めさせようと考えたとしても理解できる。

 「学校へ来たかったらタバコを吸うな、タバコを吸うなら学校へ来るな」というのは警察の発想であって教育者の発想ではない。学校側は来期からは喫煙者は受け入れない方針に転換するというリアクションをとるようだが、医者を逮捕したら産婦人科医が逃げ出して各地の産科医療に大きな影響を与えた事例が思い浮かぶ。「タバコを捨てる生徒ばかりで学校を捨てる生徒がいない」と言う結果は多分得られないだろう。

 飲酒運転を取り締まる警官が飲酒運転して当て逃げすることだってあるんだから、そんなに人間や社会は割り切れるものではないでしょう。何にでも首をつっこんで正義漢ぶるのは如何なものでしょうか?

正義を振り回す保安官が社会にとっては迷惑なときもあります。

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2008年12月 1日 (月)

日本の司法は「推定無罪の原則」を投げ捨てるのか?

 日本の裁判制度はどうなってしまうのだろう?との疑問が沸々と湧いてきます。昨日もこんな報せがありました。

被害者参加、1日スタート=刑事法廷に遺族ら出席-尋問や独自求刑も
2008年11月30日(日)14時46分配信 時事通信

 刑事事件の被害者や遺族が公判に参加する犯罪被害者参加制度が、1日から始まる。被害者が法廷内で検察官の隣などに座り、被告人質問や証人尋問、独自の論告求刑などを行えるようになる。同日以降に起訴された事件が対象で、早ければ年内にも最初の被害者参加が実現することになる。
 同制度の対象となるのは、故意に人を死傷させた事件や、強姦(ごうかん)、業務上過失致死傷、監禁などの事件。
 参加を望む被害者は、事件を担当する検察官へ申し出る。検察官は参加を許可すべきかどうかの意見を付けて裁判所に通知。裁判所が被告側の意見も聞いて、犯罪の性質などを考慮し、参加の可否を決定する。
 出廷した被害者は、裁判官の許可を得た上で、被告人質問や情状に関する証人尋問ができる。意見陳述として検察官と異なる論告求刑も行える。
 犯罪被害者はこれまでも心情についての意見陳述が認められていたが、論告求刑では事実認定や法律の適用など広範囲に意見を述べることが許され、検察官を上回る求刑もできる。 


 確かに裁判において被害者の感情をことさら無視するようなことには批判も覚えたけれど、裁判員制度も含めてここまでの事を被害者に許す(させる)のは狂っているのではないか?

 被害者は検察と異なる論告と求刑を行うことができるという。強制力を伴った捜査権を使って調べ上げた検察の論告と異なる論告求刑を何故一介の民間人がなし得るのか?そこで行われる論告とはどのようなものになるのか?論告と言うよりは感情のほとばしりとなることは目に見えているのではないか?

 法律の専門家ではない民間人の裁判員が並ぶ前で被害者が感情を爆発させるとしたらどんな裁判になるのか?想像するだに恐ろしい状況が目に浮かぶ。 加害者が罪を認めている場合でも目一杯重罰方向に向かうであろうし、否認している場合は「改悛の情」が見られない証拠としてさらなる厳罰を求めることになりかねない。検察の起訴状にある犯罪の証明をなされたと認めるか不十分と認めるかという近代刑法の精神を踏みにじることになる。つまり日本の刑事裁判から「推定無罪」の原則は投げ捨てられてしまうことになると思うのだが、これで本当に良いのか?

 裁判が真理究明の場ではなく断罪の場と化してしまうが、冤罪は根絶されているのか?警察や検察の立場では冤罪はあり得ない事なのかもしれないが、司法の場も冤罪の可能性を認めないと言うことになるのでは?

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