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2009年7月27日 (月)

「中高年と若者の雇用をチェンジ!」って・・・どう?

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麻生首相「高齢者は働くことしか才能ない」 活力社会巡り発言

 麻生太郎首相は25日午前、横浜市内で開かれた日本青年会議所(JC)の会合でのあいさつで「日本は65歳以上の人たちが元気。その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って働くことしか才能がないと思ってください」と述べた。

 高齢者の勤労を促すことが、社会保障制度の安定や活力ある高齢化社会を作るとの考えは首相の持論。ただ発言は高齢者への冷やかしともとれる表現だけに、言葉足らずとの見方もある。

 首相は「80を過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間くらいだ」とも指摘。「60過ぎて、80過ぎて手習いなんて遅い。働ける才能をもっと使ってその人たちが働けばその人たちは納税者になる。日本の社会保障は全く違うものになる」と語った。(13:30)日経新聞


 どんな仕事を想像しているのか不明ですが、いくら何でも80過ぎて納税するほど働くのは無理でしょう。もっとも政治家や役人が80過ぎまで高給をはんでいたら老害も極まれりだ。 この記事を取り上げたからと言って、今更麻生総理の揚げ足をとりたいと思っているわけではない。

 高齢化社会を迎え、確かに60過ぎても働いてもらうというのは良いことづくめのように言われているのですがそうなんだろうか?高齢者に納税してもらって、その金で若者の失業を手当てしなければならないとしたら、それはおかしくないだろうか?若者が働き高齢者が余生を楽しむというのを理想としてきたのではなかったか?高齢者が働くことに反対なわけではないが、若者の失業を放っておいて高齢者が何時までも働き続けられる社会というものを考えることは正しいのか?

 政権交代が予想される状況で、各政党が人気取りの政策を出してそれが合成されると次のような政策になってくると思う。今は60歳定年のところが大部分だと思うが、これが65歳、70歳までにと延長されその一方で製造業派遣を禁止し、正社員化を促し、最低賃金を1000円以上とすると。 果たしてこれで若者の雇用が拡大するだろうか?役所はともかく企業が目論み通りの行動をとってくれるだろうか?定年制延長は高齢者にも役所や企業の幹部にも受けが良い制度だとは思うが、若者の雇用のことを考えているだろうか?確かに正社員として雇われた人は幸せかもしれないが、そもそも正社員になれる人が拡大するのだろうか?

 民間企業が給料を下げるとはいえ高齢者を雇い続けることは新陳代謝を遅らせることに繋がる。つまり若年者の雇用の門を狭めることになるのではないか? 役所であれば、過剰人員を抱え続けるか又は新たな天下り先の開発と存続(高級官僚以外は必ずしも高給取りとは限らないが)にお墨付きが与えられたと誤解させ、税金の無駄遣いを奨励することになりかねない。 どちらにしても若年者に雇用の場を確保すると言うことには反することになるのではないかと危惧している。 椅子とりゲームの椅子が何時までも高齢者に占拠されていたのでは若者はいつまで経っても座る椅子が見つからないと言うことだ。

 今日のニュースでも介護現場の労働力不足が深刻だと取り上げられていた。昨年末に派遣切りの問題が騒がれたときから一貫して「介護労働を引き受けろ」との暗黙の圧力が若者にかけられているように思う。「人手不足のところがあるのに何贅沢言ってんのよ!」って空気が社会を覆っているのだ。

 若い人で介護を目指すという人は偉いと思うよ。金のためと言うだけでは勤まらない仕事だと思う。それだけに多くの人が希望して入ってくる仕事ではないし、まして待遇も悪いとなれば続かないのも無理はない。 果たして介護の仕事に若者は誇りを見いだすことが出来るのか? 偏見と批判するのはたやすいが、だったらもっとましな条件で待遇されなければならないはずだ。 全ての選択を塞がれた人間が最期にたどり着いたのが介護の仕事だと言うのでは介護される方もたまったものではない。

 もっとハッピーな組み合わせはないのか?高齢者は定年延長、若者は介護職場へという雇用の流れを変える必要があるのではないだろうか? 50歳くらいから介護に転職、そのあとを若者が埋めるというのはどうよ。 「何で一線で活躍してきた俺が介護に行かなければならないのか?」という貴方は正にその嫌なことを若者に押しつけてきたことに気づくべき。 「仕事が私達にはきつすぎる!」と言うなら、正に若者の精力を使い果たすほどの加重を押しつけてきたことに気づくべき。 比較的高齢者が労働現場に入れるように仕事のやり方も強度も変えなければならないとして、それは不合理だろうか?

 「自分が働き続けなければ定職のない息子や娘の面倒を誰が見るのか?」と考えている人もいるだろうが、自分や同世代の人間が椅子に座り続ければそれだけ息子や娘の座るべき椅子は少なくなると言うことに気づくでしょう。--しかしこれを個人的にやったのでは貴方一人が馬鹿を見ることになり、社会的には何も変わらない。だからこれは政策的にやらなければならない。

 まず、早期退職者にインセンティヴを与えなければならない。それは例えば自分や親が介護を受けたり、施設に入所するときにいくらかの優遇措置が受けられることではどうか?既に親の介護施設入居を切実としている人は多いはずだ。そうでないとしても自分の親が介護を必要とする年齢に達しているし、自分も介護を受けるときのことを想像できる年齢で、それは仕事にも生きる。 私だって20歳や30歳の時に親の介護のことを想像できたかというと否だ。介護の職場は中高年齢者にこそ相応しい職場と言えないか?

 勝手に想像をたくましくしたけれど、こうしたことが実現するためには何よりその前に年功序列賃金制度が崩れていなければならない。高齢で高給取りでは誰もその地位を捨てようとするはずがないからだ。民間(既にかなり崩れているだろう)も役所もこの作業は急がなければならないと思うのだが、果たしてこれを実行できるだろうか?そもそも実行の必要性を認識してくれるだろうか?

追記

今朝、サイトを閲覧していてYutakarlsonさんが「医療の人手不足解消へ 看護・介護職の就職フェア―介護の分野にNPOを!!」との議論を展開しているのを見つけました。

 今夕、サイトを閲覧していて雪斎さんが-「保育ジジ・保育ババ」という選択肢-との議論を展開しているのを見つけました。

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2009年7月22日 (水)

かろうじて日食を確認できました。

Dscn1036b 曇っていたので無理と思っていたのですが、空が明るくなってきたので11時近くになって近くの公園に出かけました。薄い雲がかかっていたのですがちょっとの間太陽が顔を出した時に適当にカメラを向けて撮りました。 フィルターも用意していなかったので無理だろうなと思いつつ、花や虫を撮って家へ帰って見ると写っていました。勿論レタッチソフトの力を借りたのですが、期待していなかっただけに・・・(v^ー゜)ヤッタネ!!

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2009年7月21日 (火)

上田誠吉弁護士追悼

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 上田誠吉弁護士を追悼する記事が昨日(20日)の読売新聞に載っていた。松川事件、メーデー事件、白鳥事件などに携わってきた人だという。1948年に卒業し、1950年に弁護士登録をしたと言うのだが、父親は特高警察であったというのだから、戦争に対する批判に加えて自分の出自に対する負い目がその後の弁護活動における対国家権力への不信を常人よりも強固なものにしたのではないかと私は想像するのだが、さて・・・?

 この記事を見ていると複雑な思いにとらわれるのです。どれも政治的な背景の濃い事件で、そもそも捜査が政治的に行われた疑いがきわめて強い事件ばかりですが、少なくとも白鳥事件は検察の筋書きが真実に近いと知っている。---如何にも断定的に言ってしまいましたが、信頼できる人たちから直接聞いたのだから確かなのです。(キッパリ)--- 上田誠吉弁護士は国民を戦争に動員した国家権力に対する不信が高じて、共産党の方を信頼できると信じて果敢に戦ったと思うのですが、こと白鳥事件に関しては共産党に騙され、利用されたと言える。

 裁判に関する発言を見てもらえば分かるように、私は国家権力は信じてはいけないと思っている。だからといって全部が全部嘘っぱちだと言うわけでもない。要は「信じ切って身を任せるととんでもないことになりかねない」と言うことです。身を任せていけないのは国家は勿論ですが、あらゆる組織もその傾向を持つもので、難しいことですが自分の頭で考えて判断して行動しないととんでもない役割を負わされていることがあると言うことです。--考えても間違うことは大いにあり得ますが、自分の頭で考えた結果なら仕方がない。 (^_^;)

 上田弁護士が誰かに利用されたとしても、だからといって「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則は再審裁判においても適用されるとした白鳥事件での判例を勝ち取った功績はいささかも損なわれるものではない。これからも十分に尊重されるべき「推定無罪」原則です。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 話は少し変わりますが、いよいよ衆議院は解散しました。今日は下手な芝居を見せつけられて「自民党に任せられない」との思いを強めている人が多いと思いますが、だからといって手放しで「民主党に任せる」ではいけませんよ。どんな党であれ政権につくと「とんでもないことをやりかねない」と思った方が間違いがありません。 しっかり監督していきましょう!

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2009年7月16日 (木)

党議拘束について考えましょう。

20090714yomiuri 左の画像は14日の読売新聞朝刊からとったものですが、臓器移植改正案の採決における議員の投票行動をまとめた表です。私は今回の臓器移植改正法案には反対でした。だからといってここで誰それがけしからんと言うためにこの表を載せたわけではありません。 実に面白いなーと思っているのです。

 これまでは各党の議席数がそのまま賛否の票数になっていたのでこんな表がつくられることはなかったのですが、この法案に関しては衆議院も参議院も共産党を除いて党議拘束を外して採決に応じたので、各政治家個人の投票行動が注目されたわけです。 採決自体は総選挙が近いことと、マスコミによる臓器提供を待ちわびる家族のクローズアップに急かされたこともあり、議論を十分尽くしたものとは言えなかったと思うし、そもそも議員個人が各人の責任で考え投票すると言うことに馴れていないので「ともかくやってしまえ!」的な採決だったとは思うのですが、とにもかくにも各人の考えで投票したことは事実で、これだけでも十分画期的なことです。

 私は以前に何度か党議拘束を外す必要について書いてきました。--「党議拘束の禁止」を憲法に書き加えたい壊れてしまった民主主義をどう再生させようか?--等ですが、最近はそのことを主張してきませんでした。それは党議拘束を外すと宣言しても、政権にしがみつく自民党議員とそもそも別行動があり得ない公明党議員が相手では衆議院で三分の二を握っている強さを存分に発揮されるだけで真の党議拘束からの自由にはなり得ないからです。この衆議院を相手に参議院での党議拘束を野党側が外したのでは政権与党に対する武装解除に等しい。

 しかし政権交代の暁には党議拘束を外す議論をする可能性も出来るかもしれない。野党転落した自民党には党議拘束をするメリットはなくなる。だからチャンスだというのです。 民主党には党議拘束を続けるメリットが出てくるが、ここは自ら外す方向での議論を望みたいのです、将来を見据えた議会と議員個人の資質の発展のために。

 今度の選挙後は政界再編が始まるとの意見もあるが、私は政界再編は望まない。似たもの同士が集まって政党を作るというのは共産党や公明党のような党ばかりになるのとそう変わらない。自分達だけが正しいと言って喧嘩を始めるだけだと思うし、ある事柄に対しては一致しても他の事柄に付いてまで一致するというのは想像しにくいので、又喧嘩を始めるだけだ。 保守とリベラルというような緩やかな基準で集まって政党を形成し、政党内で議論も出来るというのが望ましいと思うのだが・・・どうだろうか?

 政党の議員数で全てが決まり、政権党の言うことが何でも通り、野党の考え方が一切通らないというのは議院内閣制では当然なのだと言われてきたけれど、党議拘束に安住する馬鹿な議員ばかりになってしまったので、ここで議員の資質向上のために外してみようじゃないか? 勿論国民の側としては選んだ議員がどんな考えと投票行動をとっているのかを常時監視できるようにしなければならない。監視組織としてはNPOが適当かもしれないし、議員の投票行動を市民に知らせる目的ではインターネットとともに新聞などの紙媒体も適しているのではないだろうか?下らない政局にうつつを抜かしているよりも余程まともな記事を書けるのではなかろうか。

 議員も選挙の時には国民のため、地元の皆様のためと言うけれど、長丁場の議会での投票行動を見れば誰のために働いているのかが明らかになる。政治資金の流れもオープンになれば当然それも考慮されて判断されることになる。 それが次の選挙に影響していくというわけです。国民の政治意識も高まるかもしれない。

良いことずくめのような気がするのですが・・・

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2009年7月13日 (月)

「臓器移植法」は「市民的自由」への脅威になりかねない!

200907137297781l左の図も読売新聞より

 参院は13日の本会議で、臓器移植法改正3案を採決する。共産党を除く各党は党議拘束をかけずに採決に臨むため、各案の提出者とも現時点で過半数の支持を確保したかどうか判断しかねているのが実情で、成否の行方は不透明だ。

 採決される3案はA案、A案の修正案、A案の対案となる「子ども脳死臨調設置法案」。採決は13日午後1時から、修正案、A案、子ども臨調法案の順に押しボタン式投票で行われ、いずれかが過半数の支持を得た時点で終了し、残る案は採決されない。(2009年7月13日 読売新聞)


 都議選の結果よりもこちらの方が気になっていたのですが、昼過ぎにあっさりとA案が採択されたとの報せが入りました。ウーーーン、良いのかなー?と言った気分です。

 真剣に考えた上での判断なのでしょうか? A案では本人が生前に臓器提供拒否の意思を表明していない限り臓器提供意思ありと事実上判断されると言うことだ。--臓器提供の意思を表明している人がそもそも少なく、まして拒否の意思を表明している人など皆無に近く、それに成人であれば「拒否」しておくことも考えられるけれど幼児は自身の意思が明らかではないので全員が自動的に対象者とされ、家族が脳死判定の実施を迫られる事態となることが空恐ろしい。せめて修正案のように「臓器提供時にのみ脳死を人の死とする」との一文が付いていればまだ慎重な運用を望めるかもしれないが、一般的に「脳死を人の死」としたような法律となり臓器提供者を待ち望む側の人たちの思うがままになりかねない。 彼らの動きを制限するものがこの法律にはないように思う。あるとしたら唯一家族の思いのみだが、医療の現場で家族達の思いを支えてくれる人たちがどれ程いるだろうかと考えたときには悲観的にならざるを得ない。

 どうも日本人はと言うよりも日本の国会議員は「市民の自由」を守るという意識が決定的に欠けているように感じる。 少し前には「ダガーナイフ所持規制」や「児童ポルノ規制」に関する話しで書いたように、牡蠣の殻をむくナイフも対象になるのかと警察に相談が持ち込まれているという笑い話のような話や、宮沢りえの「サンタフェ」はどうなんだとかジャニーズの上半身裸はどうなのかと迷走したあげくに結局「警察を信じましょう」的な判断を言い出す始末だ。長年の与党暮らしで警察は味方だと信じ込んでいるお目出度い議員さんは良いかもしれないけれど、警察や行政の気まぐれに迷惑と脅威を感じている市民には堪らない話しだ。

 行政の裁量に限らずなにがしかの権力機構(臓器移植医であったり、マスコミの作り出す臓器移植待ち患者に対する同情世論なども含む)の裁量に対してあまりにも大幅な自由を認めすぎている。大いに同情すべき事情があるとしても、一方で「市民の自由」も十分に保障されなければならないと考える。「市民的自由」に脅威を与えかねない行政などの裁量にこんなに無警戒では「市民の自由」を窒息させてしまう事になりかねない。

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2009年7月11日 (土)

「負けっぷりを良くする」ことも必要では?

 河野太郎外務委員長が村田良平元外務次官のもとを訪ねて同様の証言を確認していると言うが、日米密約に関する証言が徐々に具体的なものになって来つつある。

外務省内に核密約本文を保管 元外務省幹部が証言

 核搭載した米軍艦船の日本への通過・寄港を容認することで日米両政府が合意した核密約問題で、外務省条約局長(現国際法局長)を歴任した元同省幹部は11日までに、共同通信に対し、核密約の内容を記した英語の「秘密議事録」が、冷戦時代から外務省内に保管されていたと証言した。日米安全保障条約を所管する同省北米局と条約局で厳重管理され、両局の歴代幹部、担当者の間で引き継がれていたという。

 密約本文である1960年1月6日付の「秘密議事録」そのものが、日本政府内に存在していた実態が明らかになったのは初めて。これまでは元外務事務次官の証言から、同議事録の内容を記した日本語記録が存在することしか分かっていなかった。村田良平氏ら4人の次官経験者の証言後も密約を否定する外務省は、国会などから真相開示を求める一層の圧力にさらされそうだ。

 冷戦後に条約局長を務めた元同省幹部によると、同局内には核密約に関する相当量の記録が残されており、条約課にそれをまとめたファイルがあった。その中には、核艦船の日本通過・寄港を、60年の日米安保改定で制度化された「事前協議」の対象外とみなすことを記した英文の「秘密議事録」が含まれていた。

 また同ファイルには、核艦船の通過・寄港を認める「口頭了解」の存在を指摘した81年のライシャワー元駐日大使の発言や、核艦船の日本寄港に関する74年のラロック退役海軍少将の米議会証言を踏まえた外務省内の対処ぶりや協議内容などをまとめた記録もつづられていたという。

 元幹部は「(日米両政府代表が)署名した原本は北米局、コピーが条約局に存在した」と言明。藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使が同議事録を正式に交わした60年1月から、外務省がこれを保管してきたとの見方も示した。
2009/07/11 11:30 【共同通信】


 ここまで具体的な証言がなされるようになってきたというのに中曽根外相は外務省の振り付け通りに答えるのみである。--本当にクルクルパーなのではないかと心配になってくる。

 事ここに至って、河野太郎氏も職権で密約問題を解明する意図を公然と語り始めている。 自民党が自浄能力を示せるかどうかの崖っぷちに立たされているとの認識を彼は持っているのだろう。総選挙までに外務省と自民党に密約の存在を認めさせることが出来なければその仕事は民主党の手で行われることになる。 認めることによるダメージと認めないことによるダメージのどちらが大きいのかを自民党の議員達は計ることが出来るのかどうかが問われているとも言える。

 私は政権交代を望んでいるけれど、今度は民主党が50年間も政権にとどまるなんて事を望んでいるわけではない。自民党も5年か10年後には政権を狙える政党になっていてほしいと思っている。だから、負けっぷりを良くしてほしいのだ。麻生太郎にとっては金輪際政権は回ってこないかもしれないが、自民党にはそんなことはないのだと言うことをよく考えて行動を律していただきたいものだ。

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ロシアでは既に鳩山首相か?

 このところ北方領土に関する記事が続いている。

 今回の「ビザなし訪問団」を巡って、日本の「北方領土は日本固有の領土」であるという主張(昔からそう言っているのですが・・・)に対してクリール地区行政府のラズミシキン行政長が「次回のビザなし渡航から、すべての枠組みを中止する」と強硬姿勢を表明し、それをロシア外務省が方針と違っているといさめるという芝居を見せられている。
 --芝居だというのは日本の返還運動を強硬に牽制するのが現地政府であり、それをなだめるのが中央政府だという役割分担で市民団体や日本政府を揺さぶっているように思えるからである。元島民達の団体に対しては強硬姿勢で脅かし、日本政府にはロシア国内の領土返還に対する強硬意見の存在を見せつけることによって「ロシア政府も難しい立場なんです」と印象づけ、交渉での立場を有利にしようとしているように思われるからである。

 さて、外交の麻生との思い込みでサミットに出かけた麻生総理ですが、何の成果も上げられなかったように思う。印象としては中国抜きでは実のある話し合いは出来ないと言うことを印象づけたサミットだったとの感を強くしている。日本の地盤沈下はやむを得ないとしても、会うたびに違う首相だし、まして今回はもうすぐ首相でなくなる首相ではまともに相手をしてくれと言うのが無理というものであろう。

 そんなサミットでしたが、ロシア大統領の次の発言が気になりました。

 【ラクイラ10日加藤雅毅】ロシアのメドベージェフ大統領は10日、ラクイラ・サミット閉幕後の記者会見で北方領土問題に関し「調整の基本となる唯一の法的文書は1956年(の日ソ共同)宣言だ。この文書を中心に対話を行えばよい」と述べ、歯舞、色丹2島の引き渡しによる決着を軸に日本との交渉を進める意向を示した。
北海道新聞 (07/11 08:25)

 麻生総理や外務省がこの発言をどう受け取っているかの報道がないが、まともな感性の持ち主であれば当然心中穏やかではないと思われる。日ソ共同宣言は鳩山由紀夫氏の祖父鳩山一郎首相が結んだもので、「北方領土問題は、まず国交回復を先行させ、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を引き渡すという前提で、改めて平和条約の交渉を行う」(Wikipedia)というものだ。 --なんと、50年間にわたってスッタモンダ交渉してきたけれど結局は振り出しに戻ると言うことをロシアは表明した。こんなので自民党や外務省の責任は問われないのか?何のための50年間だったのだ?・・・と。

 多かれ少なかれ、どの国も総選挙の洗礼を受けた正当な首相の出現を待ちわびていることは変わらないと思う。そうでなければ何事も決められないことは各国首脳にとっては自明なことだろう。ただ一人の人を除いて。 それにしても、ロシア外交は既に次の総理として鳩山由紀夫氏を織り込んでいるのでしょうか?

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2009年7月 8日 (水)

中国は民主化出来るの?

 新疆ウイグル自治区では依然として暴動が続いているようで、死者が156人、負傷者が1080人、逮捕者が1500人に上ると報道されている。 中国政府発表によると--暴動は、在外ウイグル人組織「世界ウイグル会議」がインターネットなどを通じて呼び掛けて発生した。--と、手回しよく発表されたが、チベット暴動がダライ・ラマの扇動だと言うのと同じで「外部からの扇動によるもので内部の矛盾によるものではない」との主張だけれど、「火のないところに煙は立たない」。

 今日7月7日は例年ならば1937年の「廬溝橋事件」が話題に上るところであるが、さすがに今年の中国はそれどころではない。数日前から中国のポータルサイトの幾つかが接続不能になっていたのでおかしいとは思っていたのですが、今回の件が絡んでいるのかもしれない。とすれば、昨日の報道以前に中国国内では密かに事態が進行していたのかもしれない。

 中国は勿論、情報統制を徹底してやってきているし、今回も試みている。外国メディアも現地に入れてはいるようだが見せたいように見せ、見せたくないものは隠し通そうとコントロールを試みていることも容易に想像されるところだ。中国政府にとっては外国にどう見られるかと言うことは勿論重要なことだが、政府が見せたいものだけを自国民に見せると言うことが危険だと言うことを知っているのだろうか? 江沢民時代に天安門事件で落ちた共産党の威信を回復するべく歴史教育において抗日戦争を強調しすぎたせいで「反日デモ」をコントロールできなくなってしまった苦い経験があるはずだ。 今回も、外国にある「世界ウイグル会議」の扇動を強調し、武警の鎮圧行動を正当化し続けると漢民族の民族感情を沸騰させてしまいかねない危険がある。

  中国紙「環球時報」が運営するインターネットサイト「環球網」では6日、5日の「ウルムチ暴動」に対するアンケート調査を実施し、一般読者の約95%が「暴動を腹立たしく思っている」との回答結果を報じた。

集計結果(6日午後5時時点)は以下の通り。

  「ウルムチで起きた暴動に対してどう思うか」

  非常に腹立たしい 首謀者らを厳しく罰するべき 95.29%

  興味なし 4.71%

  このほか、記事に対する書き込みには、「民族分裂の動きは鎮圧、一掃すべき」、「社会平和を乱すな!」など、暴動を起こしたウルムチ市民への怒りに満ちたコメントが主流だった。しかし一部では、「昨日のニュースを今日になって報じる遅さは一体なんだ?」、「自治区政府はこんな深刻な事態になるまで、何の情報も掴んでいなかったのか?」など、地方政府の情報開示の遅さへの批判ととれる発言もあった。
(編集担当:金田知子)(サーチナ) 2009/07/06(月) 17:17


 今日のニュースでは漢族もデモを仕掛け、ウイグル族のデモ隊と衝突したと伝えられている。棒きれならまだしも牛刀のような武器を携えた人たちの姿を見ると関東大震災時の「朝鮮人虐殺」事件なんかを思い浮かべてしまう。人口的にはウイグル族と漢族とが拮抗しているようだが、警察と軍隊は漢族がにぎっているから、安心して暴力行為に及ぶ恐れは大いにあるのだ。 一方的な情報を見せるだけでは火に油を注ぐことになりかねない。沸騰した民族感情を共産党は抑える自信があるのかどうか?と、問いたい。

 最近読んだ中国関連の本に呉軍華著「中国--静かなる革命」と兪可平著「中国は民主主義に向かう」の二冊があり、どちらも中国は民主化していくと論じているのが共通している。 二人とも「増量民主」との言葉を使って、経済発展とともに共産党自身が徐々に民主化を推し進めていくとの立場をとっているのだが、呉軍華氏は経済発展が社会の変化を促し日本社会のようになると主張しているようだ。他方、兪可平氏は「共産党が歴史的役割として民主化を実現するのだ」との説を共産党付属研究所の学者らしく展開する。こちらの言説にはひどく違和感を感じた。--そうですか、「人民は黙って共産党が民主化してくれるのを待っていればいいのですね」、との皮肉の一つも言いたくなった。

 どちらにしても中国が民主化することは素晴らしいことだと思いますが、平和裏に共産党が政権党の立場を降りる事が出来るのだろうかと考えると、あまり期待できることではない。日本のような民主主義国家ですら自民党はじたばたし続けているのです。(さすがに自衛隊を使って政権を維持しようとまでは考えないでしょうが・・。) 韓国の盧武鉉は自殺に追い込まれた。北朝鮮は世襲以外に政権交代が出来ない。イランではハメネイが中立性をかなぐり捨ててアフマディネジャドに付き暴力を他方に使い始めている。

 このように権力を集中すればするほど手放すリスクは大きくなるのが世の常で、「手放したいけど放せない」と思うものなのか、「手放してなるものか」と思うものなのか分からないが権力を手放すことくらい難しいこともないのかもしれない。

 二週間ほど前に昨年インターネット上に公開された「08憲章」の起草者の一人劉暁波氏が逮捕されたとの記事が読売新聞に載っていた。実際はこの「08憲章」発表直前に拘束され行方知れず状態だったので、今更逮捕もないだろうと思うが居場所が分かっただけでも一安心か?--ひどい話だ!

 胡錦濤が胡耀邦の下で働いたことがあり、温家宝が趙紫陽とともに働いたことがあるとしても未来の展望が開けているわけではないと思う今日この頃です。

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2009年7月 5日 (日)

警察国家は望みません!

 奈良県の高校三年生が駅のホームで同級生に刺されて死亡したという事件が報じられている。残念ながらこうした事件はそう珍しいとも言えない事件となっているので、続報を待つのみという気分なのですが、気になるのは凶器の方なのです。

 報道によると凶器は刃渡り16センチの包丁で、橿原市内のホームセンターで最近買っておいたものだというではありませんか。一方ではダガーナイフ所持禁止の話で大騒ぎなのですよ。変だと思いませんか?

 【北海道】ダガーナイフなど両刃の剣の所持を禁止した改正銃刀法施行の猶予期間が7月4日に切れるのを前に、道警釧路方面本部生活安全課は1日、カキなどの殻むき用ナイフも回収対象となる事例が出たことを発表した。カキ産地として知られる厚岸町などが管内にあり、同課では「業務用でも5日以降は処分対象」と警告している。

 改正銃刀法では(1)左右の均整が取れた両刃(2)刃渡り5・5センチ以上(3)先端部が著しく鋭い--の3条件を満たす剣型刃物の所持を禁じており、違反の場合は3年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。先月、釧路管内の住民が殻むきナイフ1本について、同方面本部に確認を求めたところ、これも回収対象に加えられた。

 同課が先月下旬から、約200軒の生産者を抱える厚岸漁協(釧路管内厚岸町)などに周知を進めた結果、回収対象の殻むきナイフはなかった。しかし、産地とあって漁業者以外にも所持者は多く、今回、回収対象のナイフを持ち込んだのも一般人だった。同課は「対象かどうか微妙なケースも多く、疑問があればまず最寄りの警察署へ」と呼び掛けている。【山田泰雄】
(毎日新聞)2009年7月2日


 まるでダガーナイフさえ市民から取り上げてしまえば殺人事件はなくなるような騒ぎですが、何のことはないホームセンターで買った包丁でも人を殺せるではありませんか。--当たり前なんですがね。 北海道では特産の牡蠣の殻をむくナイフまでがそれに当たるとか何とか言って大騒ぎなのですが、馬鹿らしいというか罪作りな法律をつくってしまったものです。

 他方、国会では児童ポルノ禁止法の改正案を審議しています。自民党と公明党の案では「単純所持」も処罰されるために警察などの自由裁量が大きくなりすぎることが心配されている。 児童に対する性的虐待は許されないと言うことは分かるのですが、画像を所持することがそんなに問題だというのがよく分からない。勿論、画像の作成過程自体に虐待が関連している場合は犯罪だし、そうしたものを流通させることも犯罪を助長させるもので処罰対象にすべきだというのは理解できるのですが、所持しているだけの人を処罰できるようにすることは大いに疑問だ。 それは、牡蠣の殻を剥くためのナイフを持っているだけで処罰対象になるというのと同じで、そうすることで何が良くなると言うのかがさっぱり分からない。ただただ警察にお伺いを立てなければならない事項を増やしているに過ぎないのではないか?

 刑法には次のような箇所があると教えてもらいました。

第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

 別に法律に詳しいわけではありませんので間違えているかもしれませんが、ただ「ダガーナイフを持っていただけ」でとか、ただ「子供が裸の写真を持っていただけ」で処罰するというのは刑法第38条からの逸脱だと思う。--イヤ、そんな写真をうっとり眺めている姿を想像すると薄気味悪いとは思うのですよ--でも、所持しているだけでしょう・・・。 「裸の宮沢りえ」だって17歳数ヶ月と18歳とでどんな違いがあるのでしょうか?大まじめで議論していることそのものが滑稽とは思わないのでしょうか?芸術かどうかなんて議論も噴飯もので、自分の性癖がアブノーマルなものではないと言い訳してるだけ。 やはり、罪を犯す意思を立証できない行為は処罰できないものだと思うのです。

 何らかの犯罪に関連しただけで所持なり所有なりをそれだけで処罰していくことを可能としていくと、ダガーナイフの次は「刃渡り16センチ以上の包丁」は所持禁止、「果物ナイフ」は所持禁止、「金属バット」は所持禁止、ついでに交通事故の原因になるから「自動車」禁止、飛行機も落ちるから「航空機」禁止と際限がないではないですか!

 「犯罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」という刑法の原則を再認識すべき時だと思いませんか? ナイフにせよ児童ポルノにせよ所持しているだけで処罰出来るようにしてしまっては警察権力の肥大化を招くだけで有害無益だと思う。平時には実際に市民と接する警察官も適用して良いものかどうか悩むようなツマラン規制ですが、しかしいざという時には警察の思うがままに誰でも捕まえることが出来る万能の武器に変わりうる。そんな変な法律はやめましょう。

私は警察国家は望みません!

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2009年7月 3日 (金)

逆回転を始めた経済政策?

 不思議なことを始めるものだ。北海道が発注する競争入札工事の最低制限価格を90パーセントに誘導するのだと言っている。

 高橋はるみ知事は2日、道発注工事の競争入札で、落札できる最低価格である「最低制限価格」について、「おおむね予定価格の90%にしたい」と述べ、現在定めている範囲(70~90%)の上限に誘導する方針を表明した。これにより業者は従来より高い価格で落札することができる。低迷する道内景気を刺激し、建設業の経営安定化を図るなどの狙いがあるが、公共事業費増を招くことは必至と見られる。公告済みのものも含め、今月16日の入札から実施する。
北海道新聞 (07/03 08:31、07/03 09:47 更新)

 私のまわりにも建設業に携わっている人がいるので窮状ぶりについては理解しているつもりですが、これまで談合、官製談合を排除し競争入札を実現し、公共事業費を抑えようと努めてきた努力はいったい何だったのでしょうか? それが道内景気刺激のために建設業者に金を回すことだとしても、下請けや孫請け業者にまで金が回るという保障は何もないのですが、どう考えているのでしょう。 破綻したトリクルダウン論と同様にあふれた金は下に落ちずに(借金処理で)銀行などに吸い上げられるのが落ちだと思うのですが・・・。 

 しかし、90パーセントに誘導するなんて事を競争入札で実現出来るものなのでしょうか? 下限が90パーセントなら限りなく官製談合だ。自由に競争させれば価格は下がる、赤字で受注し続けた業者は市場から退出を迫られる。それのどこが悪いのか?そう言ってこの十数年やってきた。 世の中の流れとしては、公共工事費を圧縮して医療・社会福祉・教育に金を回さなければと言うのが大体の合意だと思うのだが、北海道はそれをやめて土建業を保護する施策に転換しようというのか? 

 オバマが金融に金を入れ、ついにはGMを事実上国有化したように日本でもこのところおかしな事を政府はやり始めているように感じる。つまり日本航空に融資しエルピ-ダメモリーには出資を決定している。 「ナショナル・フラッグ・キャリア」は潰せないそうだが、潰せないと宣言された企業が合理化できるものなのか? エルピーダの方は「産業の米」であり「日本経済の国際競争力の観点からも、経営基盤の強化が急務」だそうだが、日本企業がサムスンの方が安いと思ってもエルピーダを使うように政府から迫られるとしたら国際競争力の観点からはプラスではない。 その上民業圧迫と言われた政府系金融機関は廃止されずに存続を許されそうな案配だ。

 これは何なんだ? 世界中で国有企業が増えると自由貿易も怪しくなってくる。

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2009年7月 1日 (水)

密約証言ボロボロは長期政権の終わりを告げている!

最近は日米間の密約に関する証言がぼろぼろと出てくるようになった。

核持ち込み密約:米核持ち込み、密約文書引き継ぐ 村田元次官「外相に説明」
(毎日新聞)
 1960年の日米安全保障条約改定時に核兵器搭載艦船の寄港などを日本側が認めた密約について、87年7月に外務事務次官に就いた村田良平氏(79)=京都市在住=が、前任次官から文書で引き継ぎを受けていたことを明らかにした。村田氏は28日夜、毎日新聞の取材に「密約があるらしいということは耳に入っていたが、日本側の紙を見たのは事務次官になったときが初めて」と証言した。日本政府は密約の存在を否定しており、歴代外務次官の間で引き継がれてきたことを認める証言は初めて。【朝日弘行】

 村田氏によると、密約は「普通の事務用紙」1枚に書かれ、封筒に入っていた。前任者から「この内容は大臣に説明してくれよ」と渡され、89年8月まで約2年間の在任中、当時の倉成正、宇野宗佑両外相(いずれも故人)に説明。後任次官にも引き継いだという。

 60年の安保改定時、日米両政府は在日米軍基地の運用をめぐり、米軍が装備の重要な変更などを行う際は事前に協議することを確認したが、核兵器を搭載した米艦船の寄港や領海通過、米軍機の飛来は事前協議の対象としないことを密約。81年5月、毎日新聞がライシャワー元駐日大使の「核持ち込み」証言を報じて発覚したが、日本政府は「米側から事前協議がない以上、核持ち込みはなかったと考え、改めて照会はしない」と密約の存在を否定し続けている。

 村田氏はこうした日本政府の対応について「詭弁(きべん)だ。いつまで続けるのか、ぶぜんとした気持ちだ」と批判。密約に関しては「冷戦時代だし、日米それぞれの都合もあれば、機密もあっての話だから、とがめだてする話でもない」と存在を認めるよう求めた。さらに、非核三原則で禁じた「持ち込み」の中に核搭載艦船の寄港や領海通過を含めたことは「ナンセンスだ」として見直しを主張している。

 また、77年制定の領海法で宗谷、津軽、対馬など5海峡の領海の幅を3カイリと規定したことについて、村田氏は「(国連海洋法条約で認められている)12カイリまで広げればいいものを広げていない。おかしいと思っていたけど、直接関係していなかったから黙っていた」と指摘。米艦船が5海峡を通過しても「核持ち込み」とならないよう、あえて領海の幅を狭める意図が外務省にあったことを明らかにした。


 上記の記事は読売新聞でも取り上げていたけれど、毎日の方が証言内容が具体的でわかりやすい。それにしても自民党の官僚に対する支配力の減退をつくづくと感じさせられる。

 以前なら墓場まで持って行かなければならないものと観念していただろう事を匿名でもなく実名で証言するようになったのだから驚く。沖縄返還密約裁判では吉野文六氏が司法の場で密約の存在を証言するかもしれないのだから世の中も変わったものだ。民主党政権が出来れば密約は公開すると宣言しているので落ち目の党に義理立てする必要も感じなくなっているのだろう。責められて喋るくらいなら「自分はこんな事はしたくなかった」と言えるときに証言しておいた方が良いものネー。

 密約が国家にはあってはならない事だとまでは言わないが、20年か25年後には密約文書が世間に公開され国民の審判を受けると言うことを認識した上で、行ってもらう必要がある。後日国民に正当性を認めてもらえるような密約でなければ出来ないし、するなと言うことだ。

 日米間の密約を見てみるとアメリカの無理を日本が通してやっているという形のものばかりだ。本来であれば国民に説明できないようなものは密約であろうとなかろうと出来ないもので、「そんなことは国民に説明できない」と主張出来ることは、考えようによれば交渉するときに自国の立場を強めるものである。なのに、いつから始まったのかははっきりしない(多分、岸信介か佐藤栄作あたりか?)が、国民に顔向けできない約束を一つ飲まされて以降、嘘に嘘を重ねた交渉で見事に連戦連敗しているようである。 一度全部話して楽になるのがあなた(自民党)のためでもあり、日本のためでもある。--ここは平塚八兵衛が自白を迫るように言うhappy01

 公文書の保管と公開も民主党政権下で実行に移されそうなので期待が持てる。今の自民党では泥棒に金庫番をさせるようなものだから・・・。 とにかく民主党にはこのチャンスを絶対に逃してほしくない。

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