2009年11月14日 (土)

税金を節約しようとは考えないのでしょうか?

 「やっぱり北海道もか!」との思いで聞いたニュースがこれ。

道庁の違法ソフト4700本 1億4千万円新規購入へ

 道職員が使用するパソコンに違法にコピーしたソフトが使われていた問題で、道は14日、少なくとも約4700本の不正使用があったとし、製造元であるソフトウエア大手のマイクロソフト社に対し約1億4千万円を支払い、新たにソフトを購入することを明らかにした。他のソフト会社とも協議しており、総支払額は数億円に膨らむ可能性もある。

 道は、マイクロ社からの指摘を受け、昨年7月以降、職員用パソコン約2万4千台について調査。本来は1台のパソコンでしか使えないソフトを職員間で貸し借りし、複数のパソコンに組み込むなどして、全庁的に約4700本の不正ソフトが使われていることが分かった。

 道は、「オフィス」など4100本が違法使用されていたマイクロ社との協議で、3200本分については約1億4千万円を支払って新たに購入し、残りはパソコンから消去することで合意した。別のソフト会社1社とも協議中だが、1本数十万円する設計ソフトもあるという。道はほかにも違法コピーしているケースがないか調査を継続する。

 道によると、職員用パソコン本体は物品として管理してきたが、ソフトは一元管理していなかった。道情報政策課は「職員の著作権に関する意識が低く、コピーが違法だと認識してないケースも多かった」と釈明。今後はパソコンに組み込んだソフトを自動監視するシステムを導入するなど、再発防止に努めるとしている。
北海道新聞(11/14 11:39、11/14 12:26 更新)


 同じ事が9月に函館市でも問題となって報道されていました。その時に書いたのが「金を払えば良いんでしょう」では済まないと思うのですが・・・ との一文でした。 その時の考え方は今でも通じると思います。

 マイクロソフト・オフィスとAutoCADと言ったところでしょうか? 違法コピーでの使用は勿論悪いことですが、一本数万円、数十万円というソフトを役所が使わなければならないのか?そこが分からない。 それでなければと言うほど高度な作業を役所はやっていないでしょう? 必要だという部署には予算をつけて正規に導入すれば宜しい。億の金をかけて数千本も導入する必要はないはずだ。

 グーグル・ドキュメントなんてのもあるけれど、役所だから文書ファイルは保存しておく必要があるのかもしれない。であればOpenOfficeに移行すれば良い。「使い慣れたソフトが良い・・・」との不平は贅沢と思ってほしい。「使い慣れれば良い」だけなんです。

 「パソコンに組み込んだソフトを自動監視するシステムを導入する」って言っているようですが、それっていくら掛かるのでしょうか? ITゼネコンを喜ばすだけではないですか? 高橋知事はゼネコンと名のつくところは大好きなようですから、喜んでやるのかもしれませんが、納税者としては必要のない支出だと思いますねー。

 どこの自治体も多分同じでしょうから、続々と同じ事が続くと思います。大変な金額ですよ。別な選択肢があることを知っている人が役所には存在していないのでしょうか?それとも予算を拡大する人が出世し、節約する人は出世しないというあれでしょうか? 昨日、同じ事を保坂展人さんも八ッ場ダムのことで言っていましたね。

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2009年11月10日 (火)

閉じたら負けるよ!民主党

 鳩山内閣でもとりわけ平野官房長官には感心しない。官邸の記者会見をオープンにしなかったこともそうなのですが、官房機密費のことに関してもそうです。

 平野官房長官は5日午前の記者会見で、官房機密費(内閣報償費)の使途の透明化について、「報償費という性格上、少なくとも相手があることだし、オープンにしていくことは考えていない」と述べ、公表しない考えを明らかにした。

 民主党は野党当時、機密費の透明性を高めるよう求めてきた経緯があり、2001年には支払い記録の作成と公表を求める法案を衆院に提出した。

 平野長官は9月16日の就任前後に麻生内閣の河村建夫前官房長官から機密費に関する引き継ぎを受けたことは認めた。ただ、その際の金額については答えず、「国民から疑念を持たれないように私が使途に責任をもって使っていく。信頼いただきたい。会計検査院でもチェックを受けている」と強調した。
(2009年11月5日15時15分 読売新聞)


 自民党政権から民主党政権へと変わったことを印象づけるに一番重要なところは官邸であり官房長官であると思っていただけに非常に落胆している。今のところ改革を打ち出すのは各省庁大臣に任せ官邸は必死にクローズドしようとしているとしか見えない。 野党時代に出した法案では、非常に機密を要するものは25年後、それ以外は10年後に公開と打ち出したはずで、それが合理的だと思う。

 密約があってはならない、機密費があってはならないと言っているわけではない。しかるべき後に公開されて国民の歴史的評価にさらされるべきだと言っているのだ。そう民主党も言ってきたはずだ。

 これに関して鳩山総理も-- 「国民にすべてをオープンにすべき筋合いのものとは思っていない」--と語っている。いったいどうしてしまったのだろう? 「逐次何に使っているかを公表すれ」との議論でないことは鳩山由紀夫氏は理解しているはずだ。平野長官との信頼関係で済むはずがない問題だ。

 鳩山総理は野党から政治資金について攻撃されているので防戦一方になって閉じこもろうとしているのかもしれないが、閉じて国民の信頼を得られるわけではない。閉じようとすればするほど疑惑は大きくなるとは考えないのか? 機密費などは官僚から「お仲間も貰っていたんですよ」なんて言われて「マズイ!」と思ったのかもしれないが、国民の税金なんだから、それで歴史がどう動いたのかを国民に評価させるべきだ。

 自分達のやっていることは閉じて、自民党やそれとくっついていた官僚たちの悪行だけを曝そうとしているとしたら、民主党も自民党とさほど変わらない人種だったことを証明するに過ぎないし、信頼感も期待感も地に落ちるのはそう遠くないと思う。

 就任したときから平野長官は官僚にしか見えなかった。政治家と聞いてもピントこないくらいの人だったのに、その後のやることなすこと全てが官僚然としていて全く感心しない。民主党のオープンさを印象づけられる人材はいないのか? 政策の何よりも官房長官の顔を見る度に憂鬱になるのですが・・・・。despair

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2009年10月30日 (金)

方向性をはっきりと!

日米同盟のあり方「包括的に再検討」…首相答弁

 鳩山首相は29日、参院本会議での代表質問に対する答弁で、日米同盟のあり方を再検討する意向を表明した。

 首相は「日米同盟は日本外交の基軸だ」としたうえで、「来年は日米安全保障条約改定50年の節目を迎える。日米同盟のあり方全般について、包括的なレビュー(再検討)を新政権として行いたい」と述べた。

 これに関連し、首相は同日夕、首相官邸で記者団に対し、在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)、日米地位協定、米海兵隊普天間飛行場の移設問題をあげ、「どういう解決策があるか、しっかり議論して結論を出したい。レビューが必要だ」と説明した。

 また、首相は同日午後の衆院本会議で、思いやり予算について「我が国の負担を効率的で効果的なものにするため、包括的見直しが必要だ」と答弁し、削減に意欲を見せた。
(2009年10月29日22時40分 読売新聞)


 岡田外相と北澤防衛相との間で沖縄の基地に関する考え方が定まっていない印象を強くしていますが、ともかく鳩山総理は「日米同盟」のあり方全般について再検討すると答えた。

 言やよしです。オブラートにくるんではいるけれど再検討とは沖縄の米軍基地縮小であり思いやり予算の削減であることは確かだろう。しかし問題は鳩山総理の意志がどこまで民主党内部に浸透しているか、ないしは総理の覚悟がどれ程のものかです。政権を取ってから検討するというのではあまりに暢気ではなかったか?政権奪取確実と思われたこの一年間くらいは真剣に考え抜いて、一定の方向性くらいは党内一致していても良いことなのに出来ていなかった。

 自民党やマスコミ各社から総批判を食らった、小沢一郎氏の「米国のプレゼンスは必要だが、おおむね(米海軍横須賀基地に拠点を置く)第7艦隊の存在で十分だ。日本の防衛に関することは日本が責任を果たせばいい」との発言は大きな方向となり得ると思っている。少なくとも鳩山総理が確固としてこの方向性を踏まえて発言していれば北澤防衛相のような発言は出てこないはずだ。

 先ほどオブラートでくるんだような言い方と言ったけれど、再検討の結果、辺野古沖への拡大基地提供があり得たり、思いやり予算の増額があり得ると思わせるような曖昧な言い方は百害あって一利無しだ。敵(この場合は自民党、米軍、ゼネコンなど)を勢いづかせるだけだと思う。これは民主党がやろうとしていること全般に言えることだ。

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2009年10月13日 (火)

橋下さん、それは相手が違うでしょう?!

 大阪府の橋下知事もそろそろヤキが回ってきたようだ。

「羽田をハブ空港に」と前原国交相、橋下知事反発

 前原国交相は12日、関西空港内のホテルで、大阪府の橋下徹知事と会談し、2010年10月に再拡張される羽田空港を国際的なハブ(拠点)空港と位置づけ、24時間対応できる国際化を目指す考えを示した。

 また、関西空港については、「関西、伊丹、神戸の関西3空港のあり方を引き続き検討したい」と述べるにとどまった。これに対し、橋下知事は会談後、報道陣に、「関空がハブ化しないのに、(府が関空に)お金を使うのはおかしい。府民生活に振り向ける」と反発、関空への財政支援を打ち切る可能性を示唆した。

 前原国交相は会談後、報道陣に、「日本にはハブ空港が存在しない状態になっている。結果的に日本のハブ空港は韓国の仁川(インチョン)空港になっている現状がある」と述べた上で、「来年10月に羽田空港の第4滑走路ができることを契機にして、(国内線は羽田空港、国際線は成田空港と役割分担した)内際分離の原則を基本的に取っ払って、羽田空港の24時間国際化を徐々に目指していきたい」と話した。

 一方、橋下知事は、報道陣に、「羽田空港のハブ化という国家戦略が出されたら、大阪の自治体の長として、関空に出しているお金は出さずに、(府民の)教育や医療、福祉に回す。来年度予算に向けて、国家戦略をしっかり確かめて、関空に対するお金を全部ストップするかどうか決めたい」と語った。
(2009年10月12日17時37分 読売新聞)

 読売は未だに橋下知事が民主党政権に喧嘩を売ることを期待しているようですが、公共事業の執行停止を含む民主党の政策に比べるとはなはだ迫力がない。関空がハブになり得るのかどうかと言えば可能性は薄いというのが常識ではないだろうか。JALの経営問題も密接に絡むのだが、あちこちに空港を作りまくって、空港も大変、航空会社も大変、地方自治体も大変との問題を作り出してきたのは自民党政権で、責任があるから国民生活をないがしろにして税金を投入し続けてきたが、民主党政権が新たに税金を投入して救うなんて方策は取れるわけがない。ハブ空港として可能性が一番ある羽田に力を注ぐというのは真っ当な話で、その後で関西三空港をどうするかの検討に入るという前原国交相の意見はもっともだ。

 橋下氏は無理難題を持ちかけて断られたことをきっかけに「関空に出しているお金を教育や医療、福祉に回す」と言っているようですが、どうぞどうぞ! 教育や医療、福祉に回す金を情け容赦なくばんばん切ってきた貴方が空港からそちらに金を回すというのなら府民は大賛成でしょう。知事にやって欲しかったのは本来はそちらの方でしょうから。

 しかし、こんなことは自公政権の時に言って欲しかったくらいです。

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2009年9月29日 (火)

モラトリアムが良い結果をもたらすとは限りませんよ!

亀井静香金融担当相の暴走がなかなか止まらない。

首相、融資など返済猶予に慎重 「3与党で合意せず」
北海道新聞(09/28 23:01)

 鳩山由紀夫首相は28日、亀井静香金融担当相が実現に意欲を見せる中小企業向け融資などの返済猶予制度について「3党合意に沿って政策をつくるのは当然だが、モラトリアム(返済猶予)までは合意していない」と述べ、慎重な考えを示した。官邸で記者団の質問に答えた。

 同時に「中小企業の多くが資金繰りに行き詰まっているのが実態。そういう方々のために何らかの手だてが必要だ」と指摘し、返済猶予制度とは別の中小企業対策を検討する意向を表明した。

 これに先立ち開かれた「基本政策閣僚委員会」の終了後、亀井氏は記者団に「返済猶予の問題も話をした」と述べた。首相の慎重姿勢に亀井氏が反発する可能性もある。

 民主、社民、国民新3党の連立政権合意書では「中小企業に対する『貸し渋り・貸しはがし防止法』を成立させ、貸し付け債務の返済期限の延長、貸し付け条件の変更を可能とする」と表記している。

 亀井氏は担当相に内定した15日の記者会見で「3年程度の返済を猶予するモラトリアムを実施すべく取り組みたい」と発言。臨時国会での法整備を目指す考えを示した。


 モラトリアムの各方面への影響は大きいので簡単には発動できない・・と言うのが一般的なところだと思いますが亀井氏の勢いはとどまるところを知らないかのようです。

 昨日も友人と話したのですが、今春借金をしたが売り上げが思ったより伸びず苦しいと訴えていましたので、今話題の「モラトリアムが実現したらどうよ?」・・・と話しを向けたのですが眉間にシワを寄せるばかりでした。

 それはそうで、無理もないのです。たとえ返済を待って貰ったところで売り上げが伸びない限り何にもならない。生き延びている時間が長いだけ借金も次々と増やさなければならず、貸して貰えるかどうかも分からず、返せる見込みは尚薄い。廃業したいのだけれど社員を路頭に迷わせる決心もつかずに悩んでいるというのが正直なところと想像しています。

 モラトリアムが実現したとしても、銀行としては資金がそうした企業にとどまることになるので新たな貸し出しをする余力が失われることは容易に想像がつく。借りている企業にとっては返済の猶予は与えられるが借り増しをすることは出来なくなるし、つなぎ融資も断られたりと言うことが多くなりそうで、決して明るい見通しが得られるわけではない。銀行によって満たされない資金需要はサラ金に向かう事になるのだが、サラ金の貸し出しも細っているので、思いあぐねて闇金にすら手を出しかねない。そうしたら地獄を見ることになる事は分かっているのに・・・。

 生き延びさせた方が良いのか?引導を渡してやる方が良いのか?どちらが本人達の為になるのかは一概には言えない。生き延び借金を重ね、にっちもさっちもいかなくなった挙げ句に破滅するくらいなら、傷の浅い内に退出した方が幸せである。銀行はこの判断をしてきたしこれからもしていかなければならない。企業に引導を渡す銀行は良く言われないし、事実継続できる企業を潰してしまったことも多々あるだろうけれど、国家に出来る判断でも、国家がすべき判断でもない。モラトリアムで生き延びさせたとしても必ずしもその先に希望があるとは限らないのです。

 経済政策がどうあるべきなのかを私ごときが分かっているわけではない。ただ、上記の事例をどうやって処理していくかと考えたときに、素人考えですが、中小零細企業相手の銀行に資金的な余裕を持たせて、資金回収に走る必要性を軽減し、その上で貸出先企業の継続性を銀行に判断させるしか無いのではないだろうか?銀行に余裕を持たせるためには貸し倒れ引当金の積み立て基準を緩くすると言うこともあり得る。こういう事なら正に金融庁の独壇場ではないのか?

 とにかく独善的に突っ走らないで、政策が引き起こす影響を多方面から検討して目的とする結果が得られるような政策に仕上げてほしいものである。

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2009年9月26日 (土)

IOC総会に出席する必要なんてありません!

 鳩山総理は国連の場においてもサミットの場においても日本としてのそれなりの存在感と方向性を打ち出してくれたのでまずは快哉を叫びたい。今朝も寝床の中で記者会見の様子を聴いていて丁寧に答えているのが印象的だった。これなら政局大好きの記者達にも政策、ひいては日本の将来について考えることの重要さに目を向けるための刺激になるかもしれないと思わせるものがありました。麻生でなくて本当に良かった。

 傍系の話題ですが、あまり賛成できないもの二題。

公立高校無償化は間接給付方式で 鈴木文科副大臣
北海道新聞(09/25 01:01、09/25 01:04 更新)

 鈴木寛文部科学副大臣は24日、来年度から実施予定の公立高校実質無償化について「保護者や本人が直接キャッシュを手にする渡し方にはならない」と明言し、授業料相当額は世帯給付ではなく、学校への支給による間接給付方式を導入する意向を示した。共同通信の単独インタビューに答えた。

 川端達夫文科相を含め政務三役で間接方式を言明したのは初めて。事務経費の効率化が目的で、鈴木副大臣は「学校の設置者が代理受領することになる」と述べ、早急に三役で方式を詰める考えだ。

 先の国会に提出した民主党の高校無償化法案(廃案)では直接給付とし「保護者が住所地の市町村長に申請する」とした。政権公約は「公立高校生のいる世帯に授業料相当額(平均年約11万円)を、私立校生の世帯は年12万円(低所得者は24万円)を助成する」と示していた。

 しかし直接給付は数百億円とみられる事務経費が発生し、保護者が学校にきちんと納付したかどうかの検証が必要との課題が指摘された。

 これに対し、鈴木副大臣は「過去の法案にはこだわらない」と強調。授業料相当額を受け取る権利は保護者にあるとした上で、学校への間接給付により、経費が最少となるよう目指すとした。


 何度か言ってきたように給付は直接給付であるべきで間接給付には反対です。スズカン氏は「授業料相当額を受け取る権利は保護者にある」と断っているくらいだから、原則の違いについて気がついていないわけではないと思うのですが、事務手続きの煩雑さと経費を重視すると原則が台無しになると言うことは指摘しておきたい。

 これらのことは公教育で何の問題もないと感じている人達には気付きにくい問題なのですが、不登校者や引きこもり、フリー・スクールなどへ通っている生徒の保護者には切実な問題だと思う。直接給付は教育というものが公立学校に通うことと限らない事へ国民が気付く第一歩になり得ると思うからです。北海道なんかは地方の小中学校は元より、どんどん地方の高校を潰していっている。地方はただでも生活が苦しいところに、通学どころか宿舎の心配までしなければ教育を受けることが出来なくなって来ている。授業料どころか学校にたどり着くまでの負担が親に重くのしかかってきているので、保護者への給付か利便性の提供(地方の学校を存続させる)のどちらかが切実に求められている。「来れば授業料はタダです」では済まない不公平が都会と地方にはある。

 もう一つはオリンピックです。

鳩山首相、IOC総会出席へ 東京五輪招致で
北海道新聞(09/25 19:54、09/26 00:27 更新)

 鳩山由紀夫首相は25日、2016年夏季五輪の東京招致のため、10月2日にコペンハーゲンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会に出席する意向を固めた。ライバル3都市が大統領らの出席による国を挙げた応援態勢を取っており、首相も自ら日本政府の支援を確約することが、招致実現に欠かせないと判断したとみられる。27日に平野博文官房長官と協議し、日程を最終決定する。


 鳩山総理はIOC総会に出席すべきではないと思っています。私の主張は時代に合わないのかもしれませんがオリンピックは都市で開催するもので国家が開催するものではないしそうあってはならないと考えています。ナチスが仕切ったベルリンオリンピックを愚劣と思うなら同じ轍を踏もうとしている政治家達に注意を促すべきです。元首クラスが雁首そろえて覇を競うようなことは愚劣です。そんなことはヒトラーやプーチンなんかが喜んですることで、民主国家がすることではありません。オバマはミシェル夫人を出席させるようですが、私と同じ意見かどうかは分かりませんが、そうだとすると改めてオバマという人となりを見直します。鳩山総理も自分でいく必要なんてありません。幸夫人で十分です。石原慎太郎に「友愛」精神を発揮する必要なんてありません。

なるほど。こんな考え方もありかもしれません。(2009/09/30 追記)
鳩山首相のIOC出席の本当の目的

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2009年8月24日 (月)

復讐ではない方へ

20090823yomiurib
 8月は何かと戦争にまつわる話しが多いのですが、昨日の読売新聞朝刊にはソ連兵に暴行されて身ごもった女性達の中絶手術を厚生省が組織して実行した時に携わった看護婦の記事が載せられていた。 また、同じ紙面に小さくですがベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件で唯一有罪判決を受けたカリー元中尉の記事も載っていた。

 【ニューヨーク=吉形祐司】ベトナム戦争中の1968年、米兵が南ベトナム(当時)の一般住民500人以上を殺害した「ソンミ村事件」で、ただ一人有罪となった米陸軍元中尉のウィリアム・カリー氏(66)が仮釈放後初めて、ジョージア州コロンバスの小集会で当時を語り、「41年後の謝罪」をした。

 21日、米メディアが報じた。

 カリー氏は19日、友人の招きに応じ、約50人が参加した奉仕活動団体の昼食会に出席。冒頭、「良心の呵責(かしゃく)を感じない日は一日もなかった。殺されたベトナム人とその家族、巻き込まれた米国人とその家族に対し、良心の呵責を感じている。申し訳ない」と述べた。

 米メディアが事件を暴露した後の70年、カリー氏ら14人が訴追された。同氏は軍事裁判で「上官の命令に従っただけ」と主張したが終身刑となり、上官は無罪だった。ニクソン大統領が減刑し、3年半で仮釈放されて以来、カリー氏はマスコミの取材に応じていなかった。なぜ41年後の今、重い口を開いたのかは不明だ。
(2009年8月22日21時52分 読売新聞)


 カリー元中尉が「良心の呵責を感じない日は一日もなかった」と語ったのを聞いて私はホッとしたものを感じました。そして今日の朝刊には続報が・・・。
 【バンコク=田原徳容】ベトナム戦争中の1968年に米兵が一般住民500人以上を殺害したソンミ村事件で、有罪となったウィリアム・カリー米陸軍元中尉(66)が41年ぶりに謝罪したことを受け、同村で生き残ったパン・タン・コンさん(51)が23日、本紙の電話取材に応じ、「謝罪はないと思っていた。あまりにも遅く驚いたが、犠牲者を代表して受け入れたい」と語った。

 パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。

 現在、同村の記念公園博物館の館長を務め、犠牲者の追悼を続ける。パンさんは「カリー氏にはベトナムに来て、当時とその後40年の思いを語ってほしい」と述べ、同氏がベトナムと米国の友好関係のシンボルとなることに期待を寄せた。
(2009年8月24日03時07分 読売新聞)


 これらの記事を読んでいて被害を被った側が癒されるというのはどういう時なのかなと考えさせられました。謝罪すると言うことは勿論なのですが、その謝罪が被害者の苦しみや悲しみにまで至った上でのものかどうかが大事なんだと思いました。加害者が被害者の感情に同化したときに出てくる謝罪が真の謝罪だと思えます。

 最初の記事の被害者達はおそらく思い出さないことによって生きていったのではと想像されるのですが、被害者の苦しみが戦争中の正気を失った兵士ではなく、正気を取り戻した平時の元兵士達に伝えられ、それこそ「良心の呵責を感じない日は一日もなかった」と言うような話しになり、それが被害者達の耳に届いたなら、随分苦痛は違ったものになったと思う。ソ連に限らず、日本にもアメリカにも戦争時の被害感情の修復を必要とされている事項がまだまだ残されているのではないかと思う。反戦平和の思想は被害者の側からだけではなく加害者側からも、そして双方から出てこなければ確固たるものにはなり得ないのではないかと思う。例えば、南京大虐殺は日本人が、広島・長崎はアメリカ人がとりわけ直視しなければならない事項だと思う。

 ちょっと話が変わりますが、裁判への被害者参加制度に関して・・・。犯罪被害者が法廷に出席する意義は加害者に自分の罪の深さを認識させ、反省と更正を促すところにあると思うのです。検察と一緒になって重罰化を叫ぶという現在の有り様は広島・長崎の思想ではなく「リメンバー・パール・ハーバー」の思想なんだろうなと思いました。

まとまりのない文章で申し訳ありません。ハイ

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2009年7月13日 (月)

「臓器移植法」は「市民的自由」への脅威になりかねない!

200907137297781l左の図も読売新聞より

 参院は13日の本会議で、臓器移植法改正3案を採決する。共産党を除く各党は党議拘束をかけずに採決に臨むため、各案の提出者とも現時点で過半数の支持を確保したかどうか判断しかねているのが実情で、成否の行方は不透明だ。

 採決される3案はA案、A案の修正案、A案の対案となる「子ども脳死臨調設置法案」。採決は13日午後1時から、修正案、A案、子ども臨調法案の順に押しボタン式投票で行われ、いずれかが過半数の支持を得た時点で終了し、残る案は採決されない。(2009年7月13日 読売新聞)


 都議選の結果よりもこちらの方が気になっていたのですが、昼過ぎにあっさりとA案が採択されたとの報せが入りました。ウーーーン、良いのかなー?と言った気分です。

 真剣に考えた上での判断なのでしょうか? A案では本人が生前に臓器提供拒否の意思を表明していない限り臓器提供意思ありと事実上判断されると言うことだ。--臓器提供の意思を表明している人がそもそも少なく、まして拒否の意思を表明している人など皆無に近く、それに成人であれば「拒否」しておくことも考えられるけれど幼児は自身の意思が明らかではないので全員が自動的に対象者とされ、家族が脳死判定の実施を迫られる事態となることが空恐ろしい。せめて修正案のように「臓器提供時にのみ脳死を人の死とする」との一文が付いていればまだ慎重な運用を望めるかもしれないが、一般的に「脳死を人の死」としたような法律となり臓器提供者を待ち望む側の人たちの思うがままになりかねない。 彼らの動きを制限するものがこの法律にはないように思う。あるとしたら唯一家族の思いのみだが、医療の現場で家族達の思いを支えてくれる人たちがどれ程いるだろうかと考えたときには悲観的にならざるを得ない。

 どうも日本人はと言うよりも日本の国会議員は「市民の自由」を守るという意識が決定的に欠けているように感じる。 少し前には「ダガーナイフ所持規制」や「児童ポルノ規制」に関する話しで書いたように、牡蠣の殻をむくナイフも対象になるのかと警察に相談が持ち込まれているという笑い話のような話や、宮沢りえの「サンタフェ」はどうなんだとかジャニーズの上半身裸はどうなのかと迷走したあげくに結局「警察を信じましょう」的な判断を言い出す始末だ。長年の与党暮らしで警察は味方だと信じ込んでいるお目出度い議員さんは良いかもしれないけれど、警察や行政の気まぐれに迷惑と脅威を感じている市民には堪らない話しだ。

 行政の裁量に限らずなにがしかの権力機構(臓器移植医であったり、マスコミの作り出す臓器移植待ち患者に対する同情世論なども含む)の裁量に対してあまりにも大幅な自由を認めすぎている。大いに同情すべき事情があるとしても、一方で「市民の自由」も十分に保障されなければならないと考える。「市民的自由」に脅威を与えかねない行政などの裁量にこんなに無警戒では「市民の自由」を窒息させてしまう事になりかねない。

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2009年7月11日 (土)

「負けっぷりを良くする」ことも必要では?

 河野太郎外務委員長が村田良平元外務次官のもとを訪ねて同様の証言を確認していると言うが、日米密約に関する証言が徐々に具体的なものになって来つつある。

外務省内に核密約本文を保管 元外務省幹部が証言

 核搭載した米軍艦船の日本への通過・寄港を容認することで日米両政府が合意した核密約問題で、外務省条約局長(現国際法局長)を歴任した元同省幹部は11日までに、共同通信に対し、核密約の内容を記した英語の「秘密議事録」が、冷戦時代から外務省内に保管されていたと証言した。日米安全保障条約を所管する同省北米局と条約局で厳重管理され、両局の歴代幹部、担当者の間で引き継がれていたという。

 密約本文である1960年1月6日付の「秘密議事録」そのものが、日本政府内に存在していた実態が明らかになったのは初めて。これまでは元外務事務次官の証言から、同議事録の内容を記した日本語記録が存在することしか分かっていなかった。村田良平氏ら4人の次官経験者の証言後も密約を否定する外務省は、国会などから真相開示を求める一層の圧力にさらされそうだ。

 冷戦後に条約局長を務めた元同省幹部によると、同局内には核密約に関する相当量の記録が残されており、条約課にそれをまとめたファイルがあった。その中には、核艦船の日本通過・寄港を、60年の日米安保改定で制度化された「事前協議」の対象外とみなすことを記した英文の「秘密議事録」が含まれていた。

 また同ファイルには、核艦船の通過・寄港を認める「口頭了解」の存在を指摘した81年のライシャワー元駐日大使の発言や、核艦船の日本寄港に関する74年のラロック退役海軍少将の米議会証言を踏まえた外務省内の対処ぶりや協議内容などをまとめた記録もつづられていたという。

 元幹部は「(日米両政府代表が)署名した原本は北米局、コピーが条約局に存在した」と言明。藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使が同議事録を正式に交わした60年1月から、外務省がこれを保管してきたとの見方も示した。
2009/07/11 11:30 【共同通信】


 ここまで具体的な証言がなされるようになってきたというのに中曽根外相は外務省の振り付け通りに答えるのみである。--本当にクルクルパーなのではないかと心配になってくる。

 事ここに至って、河野太郎氏も職権で密約問題を解明する意図を公然と語り始めている。 自民党が自浄能力を示せるかどうかの崖っぷちに立たされているとの認識を彼は持っているのだろう。総選挙までに外務省と自民党に密約の存在を認めさせることが出来なければその仕事は民主党の手で行われることになる。 認めることによるダメージと認めないことによるダメージのどちらが大きいのかを自民党の議員達は計ることが出来るのかどうかが問われているとも言える。

 私は政権交代を望んでいるけれど、今度は民主党が50年間も政権にとどまるなんて事を望んでいるわけではない。自民党も5年か10年後には政権を狙える政党になっていてほしいと思っている。だから、負けっぷりを良くしてほしいのだ。麻生太郎にとっては金輪際政権は回ってこないかもしれないが、自民党にはそんなことはないのだと言うことをよく考えて行動を律していただきたいものだ。

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2009年7月 8日 (水)

中国は民主化出来るの?

 新疆ウイグル自治区では依然として暴動が続いているようで、死者が156人、負傷者が1080人、逮捕者が1500人に上ると報道されている。 中国政府発表によると--暴動は、在外ウイグル人組織「世界ウイグル会議」がインターネットなどを通じて呼び掛けて発生した。--と、手回しよく発表されたが、チベット暴動がダライ・ラマの扇動だと言うのと同じで「外部からの扇動によるもので内部の矛盾によるものではない」との主張だけれど、「火のないところに煙は立たない」。

 今日7月7日は例年ならば1937年の「廬溝橋事件」が話題に上るところであるが、さすがに今年の中国はそれどころではない。数日前から中国のポータルサイトの幾つかが接続不能になっていたのでおかしいとは思っていたのですが、今回の件が絡んでいるのかもしれない。とすれば、昨日の報道以前に中国国内では密かに事態が進行していたのかもしれない。

 中国は勿論、情報統制を徹底してやってきているし、今回も試みている。外国メディアも現地に入れてはいるようだが見せたいように見せ、見せたくないものは隠し通そうとコントロールを試みていることも容易に想像されるところだ。中国政府にとっては外国にどう見られるかと言うことは勿論重要なことだが、政府が見せたいものだけを自国民に見せると言うことが危険だと言うことを知っているのだろうか? 江沢民時代に天安門事件で落ちた共産党の威信を回復するべく歴史教育において抗日戦争を強調しすぎたせいで「反日デモ」をコントロールできなくなってしまった苦い経験があるはずだ。 今回も、外国にある「世界ウイグル会議」の扇動を強調し、武警の鎮圧行動を正当化し続けると漢民族の民族感情を沸騰させてしまいかねない危険がある。

  中国紙「環球時報」が運営するインターネットサイト「環球網」では6日、5日の「ウルムチ暴動」に対するアンケート調査を実施し、一般読者の約95%が「暴動を腹立たしく思っている」との回答結果を報じた。

集計結果(6日午後5時時点)は以下の通り。

  「ウルムチで起きた暴動に対してどう思うか」

  非常に腹立たしい 首謀者らを厳しく罰するべき 95.29%

  興味なし 4.71%

  このほか、記事に対する書き込みには、「民族分裂の動きは鎮圧、一掃すべき」、「社会平和を乱すな!」など、暴動を起こしたウルムチ市民への怒りに満ちたコメントが主流だった。しかし一部では、「昨日のニュースを今日になって報じる遅さは一体なんだ?」、「自治区政府はこんな深刻な事態になるまで、何の情報も掴んでいなかったのか?」など、地方政府の情報開示の遅さへの批判ととれる発言もあった。
(編集担当:金田知子)(サーチナ) 2009/07/06(月) 17:17


 今日のニュースでは漢族もデモを仕掛け、ウイグル族のデモ隊と衝突したと伝えられている。棒きれならまだしも牛刀のような武器を携えた人たちの姿を見ると関東大震災時の「朝鮮人虐殺」事件なんかを思い浮かべてしまう。人口的にはウイグル族と漢族とが拮抗しているようだが、警察と軍隊は漢族がにぎっているから、安心して暴力行為に及ぶ恐れは大いにあるのだ。 一方的な情報を見せるだけでは火に油を注ぐことになりかねない。沸騰した民族感情を共産党は抑える自信があるのかどうか?と、問いたい。

 最近読んだ中国関連の本に呉軍華著「中国--静かなる革命」と兪可平著「中国は民主主義に向かう」の二冊があり、どちらも中国は民主化していくと論じているのが共通している。 二人とも「増量民主」との言葉を使って、経済発展とともに共産党自身が徐々に民主化を推し進めていくとの立場をとっているのだが、呉軍華氏は経済発展が社会の変化を促し日本社会のようになると主張しているようだ。他方、兪可平氏は「共産党が歴史的役割として民主化を実現するのだ」との説を共産党付属研究所の学者らしく展開する。こちらの言説にはひどく違和感を感じた。--そうですか、「人民は黙って共産党が民主化してくれるのを待っていればいいのですね」、との皮肉の一つも言いたくなった。

 どちらにしても中国が民主化することは素晴らしいことだと思いますが、平和裏に共産党が政権党の立場を降りる事が出来るのだろうかと考えると、あまり期待できることではない。日本のような民主主義国家ですら自民党はじたばたし続けているのです。(さすがに自衛隊を使って政権を維持しようとまでは考えないでしょうが・・。) 韓国の盧武鉉は自殺に追い込まれた。北朝鮮は世襲以外に政権交代が出来ない。イランではハメネイが中立性をかなぐり捨ててアフマディネジャドに付き暴力を他方に使い始めている。

 このように権力を集中すればするほど手放すリスクは大きくなるのが世の常で、「手放したいけど放せない」と思うものなのか、「手放してなるものか」と思うものなのか分からないが権力を手放すことくらい難しいこともないのかもしれない。

 二週間ほど前に昨年インターネット上に公開された「08憲章」の起草者の一人劉暁波氏が逮捕されたとの記事が読売新聞に載っていた。実際はこの「08憲章」発表直前に拘束され行方知れず状態だったので、今更逮捕もないだろうと思うが居場所が分かっただけでも一安心か?--ひどい話だ!

 胡錦濤が胡耀邦の下で働いたことがあり、温家宝が趙紫陽とともに働いたことがあるとしても未来の展望が開けているわけではないと思う今日この頃です。

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2009年7月 5日 (日)

警察国家は望みません!

 奈良県の高校三年生が駅のホームで同級生に刺されて死亡したという事件が報じられている。残念ながらこうした事件はそう珍しいとも言えない事件となっているので、続報を待つのみという気分なのですが、気になるのは凶器の方なのです。

 報道によると凶器は刃渡り16センチの包丁で、橿原市内のホームセンターで最近買っておいたものだというではありませんか。一方ではダガーナイフ所持禁止の話で大騒ぎなのですよ。変だと思いませんか?

 【北海道】ダガーナイフなど両刃の剣の所持を禁止した改正銃刀法施行の猶予期間が7月4日に切れるのを前に、道警釧路方面本部生活安全課は1日、カキなどの殻むき用ナイフも回収対象となる事例が出たことを発表した。カキ産地として知られる厚岸町などが管内にあり、同課では「業務用でも5日以降は処分対象」と警告している。

 改正銃刀法では(1)左右の均整が取れた両刃(2)刃渡り5・5センチ以上(3)先端部が著しく鋭い--の3条件を満たす剣型刃物の所持を禁じており、違反の場合は3年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。先月、釧路管内の住民が殻むきナイフ1本について、同方面本部に確認を求めたところ、これも回収対象に加えられた。

 同課が先月下旬から、約200軒の生産者を抱える厚岸漁協(釧路管内厚岸町)などに周知を進めた結果、回収対象の殻むきナイフはなかった。しかし、産地とあって漁業者以外にも所持者は多く、今回、回収対象のナイフを持ち込んだのも一般人だった。同課は「対象かどうか微妙なケースも多く、疑問があればまず最寄りの警察署へ」と呼び掛けている。【山田泰雄】
(毎日新聞)2009年7月2日


 まるでダガーナイフさえ市民から取り上げてしまえば殺人事件はなくなるような騒ぎですが、何のことはないホームセンターで買った包丁でも人を殺せるではありませんか。--当たり前なんですがね。 北海道では特産の牡蠣の殻をむくナイフまでがそれに当たるとか何とか言って大騒ぎなのですが、馬鹿らしいというか罪作りな法律をつくってしまったものです。

 他方、国会では児童ポルノ禁止法の改正案を審議しています。自民党と公明党の案では「単純所持」も処罰されるために警察などの自由裁量が大きくなりすぎることが心配されている。 児童に対する性的虐待は許されないと言うことは分かるのですが、画像を所持することがそんなに問題だというのがよく分からない。勿論、画像の作成過程自体に虐待が関連している場合は犯罪だし、そうしたものを流通させることも犯罪を助長させるもので処罰対象にすべきだというのは理解できるのですが、所持しているだけの人を処罰できるようにすることは大いに疑問だ。 それは、牡蠣の殻を剥くためのナイフを持っているだけで処罰対象になるというのと同じで、そうすることで何が良くなると言うのかがさっぱり分からない。ただただ警察にお伺いを立てなければならない事項を増やしているに過ぎないのではないか?

 刑法には次のような箇所があると教えてもらいました。

第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

 別に法律に詳しいわけではありませんので間違えているかもしれませんが、ただ「ダガーナイフを持っていただけ」でとか、ただ「子供が裸の写真を持っていただけ」で処罰するというのは刑法第38条からの逸脱だと思う。--イヤ、そんな写真をうっとり眺めている姿を想像すると薄気味悪いとは思うのですよ--でも、所持しているだけでしょう・・・。 「裸の宮沢りえ」だって17歳数ヶ月と18歳とでどんな違いがあるのでしょうか?大まじめで議論していることそのものが滑稽とは思わないのでしょうか?芸術かどうかなんて議論も噴飯もので、自分の性癖がアブノーマルなものではないと言い訳してるだけ。 やはり、罪を犯す意思を立証できない行為は処罰できないものだと思うのです。

 何らかの犯罪に関連しただけで所持なり所有なりをそれだけで処罰していくことを可能としていくと、ダガーナイフの次は「刃渡り16センチ以上の包丁」は所持禁止、「果物ナイフ」は所持禁止、「金属バット」は所持禁止、ついでに交通事故の原因になるから「自動車」禁止、飛行機も落ちるから「航空機」禁止と際限がないではないですか!

 「犯罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」という刑法の原則を再認識すべき時だと思いませんか? ナイフにせよ児童ポルノにせよ所持しているだけで処罰出来るようにしてしまっては警察権力の肥大化を招くだけで有害無益だと思う。平時には実際に市民と接する警察官も適用して良いものかどうか悩むようなツマラン規制ですが、しかしいざという時には警察の思うがままに誰でも捕まえることが出来る万能の武器に変わりうる。そんな変な法律はやめましょう。

私は警察国家は望みません!

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2009年6月20日 (土)

西松事件--だったら贈収賄で起訴したら・・・!

 西松事件裁判が始まったと思ったら、もう結審なんですね。どのカテゴリーで取り上げようかと考えたのですが検察側の主張も報道の取り上げ方もとうてい裁判としての報じ方ではない。これでは、どう考えても政治ネタにしかならない。変な判決が出たらその時には裁判ネタで取り上げなければならないだろうけれど、そもそもが変な冒頭陳述だ。

 昨日(19日)の夕刊には--小沢事務所から「天の声」で受注(読売新聞)--と大きく報じられていて、オオッ!贈収賄事件か!?と思ったのですが、何のことはない起訴状は政治資金規正法違反(企業献金、他人名義献金)。しかも小沢事務所の「天の声」で受注した工事額が122億7千万円だと検察が主張していることをご丁寧にも図表にして報道している。 この裁判は大久保秘書の裁判だったっけ? 有罪が決まったんかい? 贈収賄が証明されたんかい?

 ◆検察側が主張する西松建設の違法献金事件の骨子◆

 ▽岩手県の公共工事と秋田県の一部の公共工事については、小沢事務所の意向が「天の声」とされ、談合における本命業者の選定に影響力を及ぼしていた。

 ▽西松建設などゼネコンは「天の声」を得るため名前を隠し、下請け企業などから小沢氏側へ献金をさせていた。

 ▽西松建設の国沢被告は1995年、東北での受注を伸ばすため小沢氏側に多額の献金をすることを了承、ダミーの政治団体を使った献金を始めた。

 ▽西松建設は97年ごろ、小沢事務所との間で年間2500万円を継続して献金する申し合わせをした。

 ▽小沢氏秘書の大久保被告は、2000年ごろから談合の「天の声」を出すなどしていた。西松建設側に献金額の割り振り案を記した一覧表も示していた。

 ▽西松建設の共同企業体が小沢事務所による「天の声」で落札した公共工事は岩手、秋田両県で計4件、総額122億7000万円にのぼる。
(2009年6月19日13時50分  読売新聞)

 金をもらって、見返りに公共工事を受注させたなら立派な贈収賄事件だ。政治資金規正法違反なんかで起訴しないで贈収賄で起訴すべきだろう。西松建設も大久保秘書もそして小沢一郎も贈収賄でしょっ引くべきでしょう。それが立証できるなら。

 贈収賄を立証できないから政治資金規正法で起訴するというのだろうか?しかもその根拠は122億円あまりに及ぶ公共工事に絡む贈収賄事件だ。未だ始まってもいない大久保秘書の裁判において立証しなければならないことを背景にして起訴するというのはあまりにもおかしい。 未だ始まってもいない裁判で、未だ立証されてもいない容疑を別の裁判の立証に使うというのはまともでない。検察官の頭はどうなってしまったのか? マスコミはおかしな論理だと思わないのか?

 大きく取り上げられている問題の割にはショボイ展開になっている。(ショボサが分からないのか共犯なのか、マスコミは大挙して「天の声」が事実のように報じている。)これでは検察が政治的な意図で民主党をねらって捜査したと疑われても仕方がない。

 自民党側は盛んに西松事件を取り上げるが、もう麻生内閣の支持率を上げることには寄与しないだろう。説明責任と盛んに叫んでいるけれど、「やっていない」って言っているでしょう。立証責任は検察にあるのであって小沢一郎にも民主党にもない事くらいは国民もすでに気付いている。

 それより何より小沢一郎は「自民党だったわなー」との記憶が呼び覚まされるばかりなのでは? それに進行中の障害者団体の偽造証明書問題もたとえ民主党の議員に結びついたとしてもやはり「元自民党」だわなー。「墓穴を掘っている」とか「天に唾する」とか、そんな風に見える。

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2009年6月18日 (木)

臓器移植は本当に医学の進歩?

Image1(左の図は毎日新聞より)
 今日の衆議院本会議でA~Dの4案が提出されている臓器移植法改正案が採決される。党議拘束が外され、しかも一案ずつ採決に賭けられるので思わぬ結果が出る可能性がある。河野太郎議員の主張ではA案以外は臓器移植禁止法案で、それが採択されるくらいなら廃案の方が良いのだそうだけれど、脳死を人の死とすることにはまだまだ議論も抵抗もある人が多いと思うのでA案採択は難しいのではないかと思うが・・・。

 よく理解していないにもかかわらず家族で話したりします。私たちは曲がりなりにも健康なせいでしょうが、無意識の内に臓器提供側に立って考えていることに気づいて苦笑いでした。テレビなどでは臓器提供を切実に必要としている患者さん達が描かれることが多いので大いに同情して、もし自分に何かあったら「提供して!」とつい考えてしまうようです。

 家内は積極的で「その時は提供してね」と簡単におっしゃってくれるのですが、心臓死の場合は諦めるとしても脳死状態の場合はそんなに簡単に「死んだと考えられるか分からないぞ」と答えています。--実際は年齢制限があり向こうから断られるらしいのですが・・(^_^) --それに、脳死判定後に臓器を取り出すときに麻酔を掛けなければ遺体(?)が「抵抗するらしいぞ」と言えば益々眉間にシワです。(^_^;)

 私はと言えば、臓器提供も臓器をもらうのもイヤと答えています。臓器移植しかないと言われたらその時は諦めます。最善の治療を尽くしてもらっても助からないのであれば諦めます。その上の治療は望みません。 また、身内を助けるためにあなたの臓器の一つを、一部をくださいと言われても断ります。「親からもらった体で生きていってくれ、それが無理なら諦めて・・・」と言います。--と言っても、たとえば可愛い孫が必要としている時にそういえるだろうかと考えると自信はありません。死刑制度と同じです。自分が被害者家族だったとしたら死刑制度反対ですと言えるかどうか自信がないのと同じです。

 そもそも「臓器移植しか助かる術がありません」というのが実証不足な気がします。臓器提供者を待つ人たちの話は沢山報じられていますが、臓器を提供する側の苦悩が報じられることはあまりありません。臓器を求める人の願いも必死ですが、脳死受け入れを拒む側の人も必死です。どちらの権利も同じだけ重い。 それに余命何ヶ月と宣告された人たちが「どれ程生きながらえたのか」、「どんな生活振りなのか」を追跡調査したものも少なすぎるような気がします。臓器移植が医学の進歩と言えるのかどうかも私は疑問に思っています。

 先日私はミツバチの大量死について話しました。ミツバチも地球の生態系の一部で、人間の都合に合わせて生態系をいじることの危険と愚かしさとをミツバチの異常から感じています。人間の臓器だってその人固有のもので勝手にやりとり出来るようなものではないように思うのです。そのツケがどう出るのかは分かっていませんが・・・。

 だからといって一概に臓器移植に反対するわけではないのですが、このまま発展させていくべき医学だとも思えないと言うことです。行き着く先はサイボーグしか思い浮かばないのです。

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2009年6月17日 (水)

とんでもない理屈を考え出す麻生総理!

 党首討論を聞いていました。開始早々、おかしな理屈をこねているなー?と麻生総理の発言が気になりました。

 郵政民営化に関しての話が、郵政会社に関するお話がありましたけれども、私は郵政株式会社っていうか、郵政会社は、これは民営化された会社です。100%、政府が株を持っているとはいえ、間違いなくこれは株式会社でありますんで、そういうような株式会社、民営化された株式会社に対して政府の介入を最小限にとどめるのは当然だと私はそう思っています。

 民間会社というのは民営化というその趣旨からしても人事に介入するのは特に慎重であるべきだと思っております。従いまして日本郵政の人事にいろいろな点で問題があるというのであれば、これは明らかに業務改善命令等々を出されておりますから、それに基づいて郵政株式会社が結論を出されるのは、それは取締役会で出されるのでありますから、それに基づいて取締役会までに結論をおろされておくべきだということで、早い時点からこの点を申し上げておりますが、残念ながらその対応はできなかったということだと私はそう理解しております。

 従いまして、このような状況の中において混乱を招いている感じはいかがなものであるかと思いましたので、私どもとしては総理総裁としての人事権が及んでいるのは郵政会社ではなくて、間違いなく内閣側にありますので、この問題に関しては担当大臣の辞表を受理したということであります。
(毎日新聞)


 本当にこんな理屈を信じているのだろうか? 鳩山総務相を首にした理屈を正当化するためにおかしな筋道に迷い込んだと考えたいところだが、本気なら狂ってる!

 100パーセント政府が株式会社を持っている会社を民間会社というのかい? GMは国有化したと騒がれているけれど、麻生総理はどう考えるのか? 民間会社でないから民営化するのであって、株式会社だから民間会社と言うことではない。

 政府の介入を最小限に止めるというのは思うのは勝手だけれど、政府は国民を代表して株主権限は行使してもらわなければ困る。 くどいようだけど郵政会社は株式会社だけど民間会社ではないの。民営化途上の会社に口を出してならないと言うことはない。何せ100パーセント株主なんだから。

 最後に、総理総裁として人事権が及んでいるのは郵政会社ではなくて内閣だから総務相の首の方を切ったというの? じゃあ、郵政会社の社長は国民の財産をどう扱おうとお咎めなしで、そのたびに総務相の首が飛ぶのかい?

今更ながら、「とんでもない奴だ!」

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2009年5月12日 (火)

「アイヌ文化の知的財産権保護」って???

 「アイヌ文化の知的財産権」なんて言葉をテレビのニュースで聞いて、・・・・エエーッ!???( ・_・;)

「アイヌ文化の知的財産権保護」報告書に盛り込みへ…有識者懇

 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の現地視察は10日終了した。座長の佐藤幸治・京大名誉教授は同日、釧路市内で記者会見し、今年8月にまとめる報告書の中に、アイヌ民族を審査認定する第三者機関の設置、アイヌ文化の知的財産権保護の確立などを盛り込むことを明らかにした。

 佐藤座長は、釧路市阿寒町のアイヌ文化と観光の融合の取り組みを「理想の在り方」と高く評価した。その上で、「アイヌ工芸の知的財産権をいかに保護するかが課題」とした。さらに、国が教育、生活支援を行う前提として、アイヌ民族を認定するためには、「透明で公正な手続きに基づいた第三者機関を設けることが必要」と語った。一方で、具体的な方法などについては実施段階で詰めていくべきだとの見方を示した。
(2009年5月11日 読売新聞)


 一体何を知的財産と言っているのか理解できなかった。観光地での見せ物としての生活ぶりや儀式を知的財産として保護するつもりかと考えると尚更???だった。どうやら「アイヌ工芸」を保護するとの意味らしい。しかし、どう保護するというのだろうか? 私の知り合いにも木彫りの修行に阿寒湖畔に修行に行っていたくらいだから、今やアイヌ民族の専売特許とは限らないだろう。多くのアイヌが工芸品販売で生計を立てているとしても、シャモ(和人)の民芸品を駆逐しようとするのだとしたらにわかには同意しかねる話だ。アイヌ文様を知的財産とするのも理解できない。アイヌ民族の独特な文化で、自覚したアイヌの若者の活動で、滅びるよりもむしろ盛んになってきているのではないか? とにかく知的財産権とか著作権という話は既得権益者の利害が陰にあって「眉唾もの」が多いので身構えてしまう。

 それにしても「国が教育、生活支援を行う前提として、アイヌ民族を認定する」第三者機関をつくるというのだが、こんなやり方を当のアイヌ民族は望むのだろうか?アイヌ民族をどう認定するつもりか?血で分けるとしたら、シャモとの結婚も進んでいるし、外国人との結婚だって多くなっている時代にどこに線を引くのか。そのこと自体によってアイヌ民族のなかに対立が持ち込まれることになるのは容易に想像できる。 確かにアイヌ民族に生活困窮者が多いとしても、教育や生活支援は民族によらず所得によって援助することが筋ではないか?教育や生活支援を必要とするのはアイヌ民族だけの問題ではないのです。 教育や生活支援をすると言うことに反対ではなくてアイヌ民族だけにと言う考え方に納得しないだけだ。まずアイヌ民族から始めるというなら賛成だし、やらないよりはやった方が良いのも間違いない。

 とりわけ北海道では民族差別や就職差別が以前ほど露骨ではないけれど強い。それが改められなければ結局は何時までも援助を必要とする民族として辱められることにしかならない。 保護と言えば聞こえは良いが、観光地で昔の生活様式を演じて見せたり、工芸品を売って生計を立てる人の割合が高いこと自体が民族差別の結果である。そうした状態を知的財産だとして保護されることを本当にアイヌ民族が望んでいるのだろうか? アイヌ民族を北海道の先住民族と認める事から出発する政策は知的財産として認めると言うこととは違うような気がするのだが・・・。

あるアイヌからの問いかけ(7)
あるアイヌからの問いかけ(7)

あるアイヌからの問いかけ(8)
あるアイヌからの問いかけ(8)

あるアイヌからの問いかけ(9)
あるアイヌからの問いかけ(9)

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2009年5月 1日 (金)

「弱みを見せたらつけ込まれる」って事です。

道新部長が密漁容疑 八雲署が聴取、書類送検へ (04/30 16:59)北海道新聞

 【八雲】八雲署は二十九日、渡島管内八雲町の海岸でホッキ貝を密漁したとして、道海面漁業調整規則(体長等による採捕制限禁止)違反の疑いで、北海道新聞小樽支社の山下俊之報道部長(55)を事情聴取した。同署は近く同規則違反の疑いで書類送検する方針。山下部長は容疑を認めているという。

 同署によると、山下部長は二十九日午後三時十分ごろ、同町黒岩四の海岸で、妻とともにホッキ貝九個、アサリ貝六個を所持していたところ、警察官の職務質問を受けた。

 山下部長はこの日、休暇中で、山菜採りに行った帰りだったという。

 北海道新聞社・須賀信昭常務編集局長の話

 責任ある立場の者が、このような容疑で事情聴取されたことを重く受け止め、関係者のみなさまにおわび申し上げます。捜査の進展をみながら、厳正に対処します。

 密漁とは穏やかではないのですが、内容がホッキ貝9個とアサリ貝6個とは何とも(^_^;)イヤハヤ…。

 夏に積丹などへ海水浴へ行くと漁師の監視船が出ているのを目にします。ウニの密漁を監視しているのですが、彼らに聞いても「自分達で食べるくらいは良いよ」と言ってくれます。要するに、市場に卸すほどの量を採るなと言うことです。であるとすれば北海道新聞部長の罪とされるものは通常はお咎めなしの範囲だと考えられる。だとすると、漁師の方よりも警察の方に話を大きくしたい動機があったのでは?と邪推されるのですが…。

本社が控訴 道警裏金本訴訟 (05/01 09:51)北海道新聞

 道警の裏金問題を扱った書籍で名誉を傷つけられたとして、元道警総務部長の佐々木友善氏が北海道新聞社や同社記者に慰謝料などを求めた訴訟で、北海道新聞社は三十日、同社などに計七十二万円の支払いを命じた二十日の札幌地裁判決を不服として、控訴した。被告の道新記者二人と講談社、旬報社(いずれも東京)もすでに控訴している。

 道警の裏金問題がまだ継続中なのですね。報道機関へ圧力をかけるために仕込んでいたネタの一つがこれだった? 「控訴するなら、このネタばらすよ!」ってことだったのでは?

 報道機関といえども警察・検察機関の不正を暴こうとしたら相当な覚悟がいると言うことですが、道警につけ込まれるのも北海道新聞に前歴があるからです。新聞協会賞を受けた後の腰砕けに道警が味を占めたと言うことです。一度弱みを見せると二度三度攻撃されるという良い例です。不退転の決意が必要ですよ!

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2009年4月21日 (火)

恐るべし!デヴィ夫人

 昨日はデヴィ夫人の行動をからかい気味に書いたのですが、至極まっとうな意見の持ち主でした。街宣車を繰り出した右翼との一戦、と言うよりも警察との一戦を自身のブログに書いておりますので読んでみてください。
デヴィの独り言 恐るべし!

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2008年9月 3日 (水)

「函館遠友塾」開設へ!

 今春開講した「旭川遠友塾」に続いて函館においても「函館遠友塾」が開設されると道新に報じられています。19年間活動を続けてきた「札幌遠友塾」を含め、道内の三つの地域で自主夜間中学が開かれることになります。これまで札幌市教育委員会も北海道教育委員会も夜間中学開設の要求は無かったと言ってきましたが道内各地に義務教育を受けられなかった人達が存在し学びたい人達がいることが裏付けられたわけです。

北海道新聞道南版の報道

 札幌では漸く学校の教室を夏休みの間だけ試しに使わせると言うところまで来ました。今後、年間を通して夜間に週一度だけ自主夜間中学に教室を貸すところまで進むのか、それとも公立夜間中学の設置にまで向かうのかが問われることになります。

19年目の夏「夢の授業へ」(1)
19年目の夏「夢の授業へ」(1)

19年目の夏「夢の授業へ」(2)
19年目の夏「夢の授業へ」(2)

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2008年5月17日 (土)

熱意に欠けた札幌市教育委員会、そして中国四川省彭州市の被災

20080517yomiuri3
 今日(17日)の読売新聞にちょうど触れたいと思っていた事の記事が並んでおりました。一つは15日夕刻に行われた「札幌遠友塾」に対して提供できる空き教室がないとの札幌市教育委員会の会見の模様。もう一つは中国四川省の地震に関する記事です。

 当日の会合には私も参加していたのですが、市教委は小中学校と高校19校をリストアップして調べたが「札幌遠友塾」の提示している条件に合致する空き教室はなかったとの結論を実に用意周到に説明してくれた。必ずしも担当者(とりわけ前任係長)に誠意がなかったわけではなかったとは思うのですが、熱意のなさを感じた「北海道に夜間中学をつくる会」の会員と「札幌遠友塾」の受講生・スタッフには失望を通り越して怒りすら感じた人が多かったように思う。

 道教委との会合でも出た「校長の裁量権」という言葉が市教委との会合でも出された。市教委の調査でも「校長の同意が得られていないから教室は貸せないのだ」とのニュアンスを色濃く感じさせられるのですが、果たして校長の裁量によって空き教室の提供に道が開かれていくものだろうか? 私たちくらいの年(団塊の世代)になると教頭や校長になっている友人の一人や二人はいる。彼らに「仮定の話として、札幌遠友塾から教室を貸して欲しいと頼まれたらあなたならどうする?」と尋ねたことがある。彼は「夜間開放のように区切られたスペースならば可能だけれど、自分の管理スペースと区切られていない場所を自己の責任で引き受けられる校長はいないだろう」との答えだった。校長の裁量で引き受けた場合、例えば管理上の必要があるとしてシャッターを設置して欲しいと思ったとしても教育委員会からの協力が得られるのかどうかも確信が持てないとの事だった。「ババを引かされる」というか「はしごを外される」というか、引き受けた校長の責任とされてしまうことをおそれているのだ。 教育委員会側が積極的に働きかけるのでなければ校長から動き出せるとは信じられない。

 何らかの理由で義務教育を受ける機会を逸した人たちが現在「学びたい」と懸命に努力し、その思いに応えたいとの思いでこれまた懸命に協力している人たちの姿を目にした普通の市民は「せめて空いている教室ぐらいは貸してやりたい!」と思うのではないだろうか?確かに市民会館から教育文化会館へと教室が移り、費用の点では減免措置を適用して市民会館並になった、これは確かに札幌市側の配慮には間違いないが、果たしてそれで済むのだろうか? 義務教育を受けられなかった人たちの権利を保障する活動を、年間55万円もの会場費を徴収するという形で、しかも全く市民の負担に任せたままで、「教育を管轄する札幌市教育委員会」として何も感じないことが不思議なのだ。 一般市民ですら思うようなことをどうして教育委員会の人間が思えないのか、そこが不思議でもあり悔しいところでもあるのだ。

 工藤代表は努めて冷静に「行政側の協力」の必要性を訴えていたが、多分参加者全員が不満に思っていたことは「夜間中学」と「札幌遠友塾」の活動に対する教育委員会の共感のなさだ。教育委員会職員が教育に鈍感であっては市民が困る。少し人間性を取り戻してくれ!お願いだ!


 ここ連日報道されているし中国四川省の震災の件ですが、震源が四川省成都の近くということで彭州市のことが気にかかっていました。彭州市は私と私の友人たちにとっては決して無縁なところではありません。尊敬してやまない今は亡き川口孝夫・栄子夫妻が長年苦労をともにした地です。

 彭州市は震源の汶川市から50キロほどしか離れていないので山岳部は90パーセントくらいの建物が倒壊しているそうで、テントが一番必要だとの話も友人のところに届いておりましたが、何をどうすればいいのか分からずもどかしい思いでしたが、姉妹都市の石狩市が義援金を募っていることが分かりましたので私もと考えています。

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2007年3月31日 (土)

教科書検定は止めた方がよい!

 沖縄戦での住民集団自決に関して日本軍の「強制」があったという記述に対して修正を求める検定意見がついたことが話題になっている。

 地歴公民のうち日本史では、沖縄戦の集団自決に関して「日本軍に強いられた」という趣旨を書いた7点すべてが「命令したかどうかは明らかと言えない」と指摘され、各社は「集団自決に追い込まれた」などと修正した。日本史の教科書は昨年も申請できたが、その際にはこうした意見はつかなかった。

 文科省は、判断基準を変えた理由を(1)「軍の命令があった」とする資料と否定する資料の双方がある(2)慶良間諸島で自決を命じたと言われてきた元軍人やその遺族が05年、名誉棄損を訴えて訴訟を起こしている(3)近年の研究は、命令の有無より住民の精神状況が重視されている――などの状況からと説明する。昨年合格した出版社には、判断が変わった旨は知らせるが、すぐに修正を求めることはしない方針だ。 (朝日新聞)


元軍人やその遺族が起こした訴訟については東京新聞が具体的に触れている。
 集団自決については、作家大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などで、「自決命令を出して多くの村民を集団自決させた」などと記述された。これについて、沖縄・座間味島の当時の日本軍守備隊長で元少佐の梅沢裕氏らが、記述は誤りで名誉を傷つけられたとして、出版元の岩波書店(東京)と大江氏を相手取り、出版差し止めと損害賠償などを求めて2005年に大阪地裁に提訴した。

 同省は検定姿勢変更の理由を(1)梅沢氏が訴訟で「自決命令はない」と意見陳述した(2)最近の学説状況では、軍の命令の有無より集団自決に至った精神状態に着目して論じるものが多い-と説明。発行済みの教科書で、同様の記述をしている出版社に情報提供し、「訂正手続きが出る可能性もある」としている。(東京新聞)


 自決命令があったのかどうかと設問を立てると、あったとは言えないことになることは当然ではないか。それは軍隊が慰安婦を直接管理したかどうかと設問を立てることと同じだ。兵士には玉砕という名で死ぬことを強制できても一般市民には命令は出来ないものだろう。しかし、沖縄戦では住民が投降することも許さなかった。兵士は元より住民が投降することも「情報が漏れる」という名目で背後から撃ったし、投降した住民をスパイとして処刑までしたという事実があるのだから、生き残ることに絶望することも分かろうというものだ。そんなときに手榴弾や青酸カリを渡されれば死ぬことに使う以外にないではないか。慰安婦問題もそうだが、軍隊が関与した証拠が無いだとか国家が関与した証拠が無いだとかと言い募ることに何の意味があるというのだろうか?

 私の母も終戦当時中国にいた。ソ連軍が迫る中で日本人に青酸カリが配られた。「万が一の時はこれで死ぬように」と言われたそうだ。勿論死ぬことを強制されたのとは違うが、ソ連軍に蹂躙される地獄を想像したら唯一の光明は自殺の手段があることだったのではないか。その街の守備隊長がソ連軍との交渉に向かい、投降は中国軍に対してなされることになりソ連軍が停止したことで集団自決は避けられたという。その知らせを聞いたときに母はこれで助かったと思ったが、幾人かの友人が半狂乱になったという。彼女たちは既に子供達に毒を飲ませていたのだという。彼女たちに「我々は強制してないよ!」と言うのか、それとも「十分に守れなくて申し訳なかった」というのか、それによって軍隊のそして国家の性格が知れようというものだ。

 教科書検定は今後、国際問題になるかも知れない。教科書の記述が正確でないというなら書き直されることは当然だ。しかし政治的な思惑に左右されるような検定制度は止めた方がよい。強制があったかどうかと問題を立てるよりも、具体的な事例をもっと取り上げて当時の市民や兵士がどうした選択に直面していたかを考えさせる方がずっと子供達の教育の為になるだろう。具体的な事例を隠し、強制がなかったとするなら、それは歴史を歪曲する意図を当然疑われることになる。

 安倍総理は一体何をしたいと思っているのだろうか?小泉前総理のように「アメリカ一辺倒でどこが悪い!」と、居直れるとも思えない。彼は小泉ほど身軽ではないだろう。彼の背後には宗教団体やら右翼やら暴力団やらがうごめき、政治経済利権の噂にも事欠かない。元満州国商工大臣の祖父岸信介も大叔父佐藤栄作も結局はアメリカに日本を売り渡すことによって栄達を遂げた。彼も日米同盟を称揚し、同じ道を歩むのだろうか?若干の国粋主義的な臭いも感じるのだけれど、そうとするとアメリカとの矛盾も深まる。この辺がアメリカで従軍慰安婦問題が出てきた背景にあるのだろうか?

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2007年3月14日 (水)

妙なフレーズに惹かれて!

 漸く一息ついてます。ちょっと靄のかかった頭でサイト巡りをしていると、今日はどうしたことか微妙なフレーズに引きつけられ、自分でも思わぬ勘違いで笑ってしまいました。紹介しますね。

 初めに「見せるパンツ」とのフレーズに引きつけられて訪問しました。--どういう訳か私の頭の中をめぐったのは新庄選手のパンツ姿。以前奥さんと一緒に買い物に行ったときに下着売り場で出会った新庄選手に似せたマネキンのパンツ姿が余程強烈だったのかも知れない。しかしこちらは女性物の下着の話しでした。残念と言うべきか僥倖と言うべきか?ひらひらパンツは想像の範囲内ですが「ひもパンツ」は笑うしかない。いつまでリンクが生きているか分からないので早めにどうぞ。

 次に反応したのがJANJANの「今年もやります・サクラ調査」なるフレーズ。--又自民党と官僚で何かでっち上げをやったのかと思ったのですが、こちらは花のサクラの方でした。しかしさすがジャンジャンらしくサクラが咲いたかどうかという話しではなく、ソメイヨシノの異変花から環境の異変を計るという話し。地球温暖化もそうですが、環境の異変は小さな兆候を見せつつも安定しているように見え、そして徐々にではなくある段階で急激に襲いかかるだろうと想像している。

 ゴアの「不都合な真実」が盛況だと言われている。今年の冬の異常な暖冬振りを体験して地球環境の変化に関心を持った人も多いと思う。非常にタイムリーな企画だったと感心するのだけれど、あのブッシュ大統領までもが環境のことを言い始めると「ちょっと待てよ!」との警戒信号が脳内を駆けめぐる。

 先の一般教書演説で「技術革新を図って、2025 年までに中東からの石油の輸入の 75%以上を代替エネルギーで補うことを目標とする。」と発表し、報道では環境回帰か?と歓迎されているところだけれど、既にメキシコ当たりではトウモロコシ価格の高騰に対してアメリカの政策の責任を問う動きも起こっている。大胆過ぎる目標設定だと思うが、既に穀物を牛と人間で奪い合う中で餓死する人間まで出ているのに、今度は穀物を自動車と争うことになる。これは笑い事ではなくて今後深刻化していく問題の端緒に過ぎない。

 ブッシュ大統領はこの教書の中で 先端エネルギーイニシアティブ(Advanced Energy Initiative)と、米国競争力イニシアティブ(American Competitiveness Initiative) との言葉を使っている。この言葉を聞くと私は「規制改革および競争政策イニシアティブ」と言う名のアメリカの日本に対する改革要望書(?)の事が頭に浮かんでくる。穀物によるエタノール生産も決して環境に対する配慮から出てきた物ではなく、全てはアメリカの今後のイニシアティブの為だと、何の遠慮もなく明け透けに主張している。日本のメディアからは何の警報も聞こえてこないのだが大丈夫だろうか?

 今日(13日)のニュースは全日空機の胴体着陸の話しで持ちきりでしたが、その後安倍総理がオーストラリアのハワード首相と会談し、「国連平和維持活動(PKO)やテロ対策などの安全保障協力に関する共同宣言に署名した。」(日経新聞)と報道されている。「日米豪同盟」なんて安倍総理は笑って言っているが、いよいよアメリカの傭兵に成り下がりそうな気配が濃厚さを増してきた。

 今日は軽い話しでもと思っていたのですが……どうも。

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2007年3月 2日 (金)

大丈夫ですか?不二家

 不二家が菓子類の生産を再開し、洋菓子類も23日から生産を再開すると発表したが、何処かピントがずれているような気がして仕方がない。大丈夫なんだろうか?

桜井社長がNHKのクローズアップ現代に出たときも、早く消費者の信頼を回復して生産再開したいと繰り返すばかりで、不二家が信頼回復のためにどんな努力をしているのかをちっとも明らかにしないのであきれ返ってしまった記憶がある。山崎製パンの技術支援を受けて厳格な安全検査に合格したとは伝えられているが、それを消費者にアピールする努力が少しも感じられない。早く信頼を回復するというなら社長がカメラの前で如何にも反省していますというような姿を曝す(私にはその反省すら真摯には感じ取れなかったのですが…)のではなく、現場が如何に具体的な対策を取り始めているかと言うことを見せることの方が数倍重要なことに思えるのだが、一度も見た記憶がない。

 結局のところ現経営陣も全く消費者の方を見ていないと言えるのではないだろうか。消費者と向き合う商売をやっていながらこれだけ鈍感さを曝している経営者も珍しいのではないか?フランチャイズだってこんな経営陣では何時又同じ轍を踏まないとも限らず不安ではないか。

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2007年2月11日 (日)

メーカーの責任を問うだけで良いのか?

 一酸化中毒死に関してメーカーの責任を問うニュースが続いている。 テレビなどでは親兄弟がインタビューに応じてメーカーの無責任さを責める構成を取っているのだけれど、違和感を感じて仕方がない。

 パロマ工業に対しては不完全燃焼防止装置の不正改造に対する責任を、最近のリンナイガス工業に対しては不完全燃焼防止装置の脆弱性の責任が問われている。記憶に新しいところでは昨年12月14日に苫小牧で石油ファンヒーターの不完全燃焼で7人が死亡した事件があった。これなども名古屋のメーカー、トヨトミ工業が不完全燃焼防止装置をつけていない時期の製品を回収していなかった責任が問われようとしていたが、このヒーターは廃品が回収されて使われていたことが判りメーカーの責任を問う動きは沙汰止みとなった。

 この件では私はメーカーに全部の責任を負わせることは無理があると思う。ならば使用した者の責任かと言われ、「メーカーの肩を持ち、死者の親族に鞭打つ」非情な人間と非難されそうだけれど、使用した者の責任ともう一つ行政の責任が問われなければならない。

 パロマで問題になっている大型の給湯器が何故屋内に設置されているのか?最近取り上げられたリンナイの小型の給湯器ですら一酸化炭素中毒死を招いているのに、数十分もの間、激しく燃焼させる大型の給湯器が室内に設置されていることに疑問を感じる。強制排気の方法がとられているが気密性の高い住宅では吸気方法も確保しなければ故障でなくとも排気は不完全になる。吸気を確実にすると室内温度が下がり、耐え難いかも知れない。こう考えると北海道のような寒冷地では室内に設置させること自体に無理があると言える。

 私は実家で小型の給湯器を使うときには必ず換気扇を廻すし、吸気を確保するために換気口を開放するが、それでも石油ストーブの炎が赤くなったりして若干の不完全燃焼の傾向が見受けられる。それでも短時間だから我慢できるがガスや石油を室内で燃やすと色々なところに問題を引き起こすものだ。

 屋外に排気するものはともかく室内に排気する小型のガス湯沸かし器や苫小牧での石油ファンヒーターのように屋外排気の仕組みを持たないものを使うときには一時間に一回くらい換気するように注意されているはず。こんな事は言われなくても気を付けるべき事、謂わば昔は常識だったと思う。しかしこの常識が今では通用していないようだ。何故そんな風になってしまったのか?余りに便利な世の中になりすぎたと言うことだろうか?

 昔はそもそもすきま風ピューピューの家でしたが、石炭や薪の用意から始まって、煙突の定期的な掃除の必要、風の強い日はバックファイヤーに注意し、火傷をしないように子供を近づけるなとか、色々な注意事項があったし、移動式石油ストーブが出現したときは換気に気をつけろとしつこく言われたものだった。そうしたことが全く受け継がれていない世になってしまったようだで、年寄りには常識でも今や若者達には自己責任を問える時代でもなさそうだ。

 別にメーカーの肩を持つわけではないけれど、これら一連の報道を考えても製品の欠陥というのは無理があると思う。そもそも名古屋の(どうした訳か皆、名古屋に本社がある)会社に北海道の住環境は理解されにくい。これら機器の使用に関してはメーカー、建築会社、行政が一体となって方法を考えるべきだろう。責任というなら行政も建築会社住宅メーカーの責任も問われなければならない。 事故の責任以上に、住居としての安全性を確保する責任が何にも優先してあると思うのですが。

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2007年2月 9日 (金)

6カ国協議は日本の外交下手を証明するか?

 北朝鮮の核問題に関する6カ国協議が北京で8日から始まった。昨年末、ベルリンでの米朝協議の様子からも伺えるように、おおよその枠組みに関しては合意がなされているとみて良いだろう。金桂冠外務次官の表情からもしてやったりとの余裕が感じられる。結果は未だ出ていないが、結果は Anything But Clinton で始まったブッシュ政権が結局はクリントンの枠組みに戻らざるを得なかった事を証明するものになりそうである。

 日本人の多くが北朝鮮は横柄な国だと見ていると思うが、事実横柄ではあるがその外交姿勢の裏にはアメリカの軍事力に対する恐怖心があると私は思っている。(その点は昨年の10月に「北朝鮮はどうなるのだろうか?」に書いた。)だから核兵器を捨てさせることは、金正日政権が崩壊するか中国の庇護国になるか以外にはあり得ない。どちらの選択もするわけがない以上アメリカは核兵器を捨てさせるという選択肢は外さざるを得ないと考えている。これからもアメリカは外交上では言い続けるとしても獲得目標とはしないだろう。現実には核兵器が他国やテロリストの手に渡ることを防ぐという事を第一目標として動く。

 核兵器の拡散を防ぐという観点から北朝鮮問題を見直すと、金正日政権が崩壊すると言うことは好ましいことではない。混乱の中で核兵器なり核物質なりがテロリストの手に渡ることをこそ恐れるものだ。ここはしっかり金正日に核兵器を抱いていて貰うことの方を選択せざるを得ない。つまり、金正日政権を支えることがアメリカの利益に合致する可能性が出てくると言うこと。ブッシュは金正日が嫌いかも知れないが中間選挙の結果からしても方向転換にためらいはないはずだ。

 現実の交渉ではまず、核実験停止と核施設の停止の見返りに重油の提供が合意されるのではないか。軽水炉の提供まで話が進むのかどうかは分からないが黒鉛炉の停止との見返りというのはあり得ない話しではないと思う。

 日本政府の主張する拉致問題の解決というのはどうなるのか?安倍氏が主張してきたような金正日政権崩壊を睨んでの経済制裁はアメリカの政策転換でむしろ障害になるから声高には主張しにくい状況になるだろうが、経済援助という文脈の中では日本の資金を外せないから拉致問題でごねるチャンスはある。何らの見返りもなく経済援助をするとなっては安倍政権は崩壊してしまうので、何らかの見返りを北朝鮮に用意するようにはアメリカも口添えをしてはくれるだろうがどの位のものになるかは分からない。

 横田めぐみさんのDNA検査などでかなり怪しげな動き(検証可能な証明をしていないと言うこと)をして拳を振り上げてしまった日本政府としては具合の悪い動きとなっている。戦前の外交も酷かったけれど現在の日本外交も惨めだと思い知ることになりそうで、いくら嫌いな安倍政権とはいえ日本人としては複雑なものがあります。

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2006年12月29日 (金)

気がかりな裁判その1「名張の毒ぶどう酒事件」

 このところ幾つかの気になる裁判が有りました。
第一、「名張の独ぶどう酒事件」の再審棄却 
第二、Winny裁判 
第三、オーバーチュア社の広告掲載拒否裁判

 まず第一の「名張独ぶどう酒事件」では、名古屋高裁の再審決定を覆して再審の決定を取り消した。

 三重県名張市で1961年3月、農薬入りぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡し、12人が中毒症状になった「名張毒ぶどう酒事件」の異議審で、名古屋高裁刑事二部の門野博裁判長は26日、「自白の信用性は高く、確定判決の事実認定に疑問は生じない」として、奥西勝死刑囚(80)=名古屋拘置所在監=の再審開始決定に対する検察側の異議を認める決定をした。

 同高裁刑事一部の再審決定を覆す判断で、死刑執行の停止も取り消された。奥西死刑囚の裁判がやり直される可能性は再び狭まった。弁護側は決定を不服として一月四日、最高裁に特別抗告する。

 異議審では、毒物の鑑定結果が最大の争点となった。弁護側が新証拠として提出した成分分析では、奥西死刑囚が混入を自白した農薬(ニッカリンT)をぶどう酒に混入すると不純物が残るのに、事件で使われたぶどう酒の飲み残しからは不純物が検出されていない。

 この点について、決定理由で門野裁判長は「農薬が混入されてからの経過時間やその時の気象条件などによって、不純物が検出されないこともあり得る」と指摘した。 その上で「事件当時、飲み残しを検査するまで時間がかかっており、不純物が検出されなかったとしても決しておかしくはない。ニッカリンTが犯行に使われた可能性は十分にある」と認定、農薬はニッカリンTではなかった可能性があるとした再審決定を否定した。

 さらに自白の信用性について、奥西死刑囚が警察の取り調べで自白した後の記者会見でも自ら犯行を認める発言をしたことなどから「自白は信用でき、物的証拠や客観的事実とよく符合している」と判断。「状況証拠によって奥西死刑囚が犯行を行ったと十分に認定でき、再審を開始する理由は認められない」と結論付けた。
(東京新聞)

 日本の裁判所は何故にこうもあっさりと検察の主張を追認するのだろうか?「疑わしきは被告人の利益に」という「白鳥判決」が顧みられることはないのか?

 「疑わしきは被告人の利益に」と言うと如何にも「被害者より加害者を大事にする」と考えられそうだが、これは有罪の「挙証責任」が弁護側ではなく検察側にあるという刑事裁判の大原則を言い表したに過ぎない。この原則の下では検察官が提示する証拠に一点の曇りもあってはならず、一つでも立証にあやふやさが認められた時には無罪が宣告されるものなのだ。

 上記の観点からこの決定を振り返ると、「犯行に検察が主張する農薬を使ったならば当然検出されていなければならない不純物が検出されていないのは農薬の種類が違うからだ」という弁護側の主張に対して当然の帰結を否定するための条件を可能な限り寛容に且つ拡大解釈をして「不純物が検出されないこともあり得る」と検察側の主張を通している。当然の帰結の方を否定して、「あり得る」と言う不確実な条件の方を何の立証もなく採用している。ここは検察官に裁判官は「どうして不純物が検出されなかったのかを証明して見せろ」と命ずべきところである。挙げ句の果てには、「状況証拠によって---十分に認定でき、再審を開始する理由は認められない」と具体的な証拠を否定した上に「状況証拠」なるものまで持ち出して自白の信用性を断定している。

 「状況証拠」なんてものは検察官の書いた筋書きに過ぎない。これを根拠にするなら証拠はいらないことになってしまう。密室で作られる自白が一番の証拠と言うことになってしまうが、この裁判官は自分の言っていることが何を意味しているのか分かっているのだろうか?

 過去に多くの冤罪事件が有ったがほとんどが自白偏重の捜査からきている。裁判所が警察や検察と一緒に自白を重視して証拠を軽視したのではいつまでたっても冤罪はなくなりようがない。こんな捜査を容認している日本の捜査機関には、強姦した米兵だってアメリカが引き渡したくないと思うのも無理はない。

 この自白偏重を容認するような判断に関しては各社の社説でも懸念が表明されている。

 根強く残る犯罪捜査の自白偏重主義も、見直されねばならない。容疑者や被告を厳罰に処せば被害者対策になると考える風潮が一部に認められるが、法治国家では誤判の防止策が徹底されぬまま加罰が先行するようなことがあってはならない。取り調べの可視化などで自白が得られにくくなり、検挙率や有罪率が低下するとしても、人権擁護を優先すべきだ。そうした法意識を醸成し、市民全体で共有しない限り、裁判員裁判の先行きもおぼつかない。
毎日新聞 2006年12月27日 東京朝刊

 各社とも2009年から行われる裁判員制度との絡みで取り上げているのだが、今までは法律に素人の国民が裁判に関係することに因る不安だったのだが今や法律の専門家である裁判官の傾向と水準が心配される事態にまでなっていると言うのが偽らざるところ。

(続きは後日に)

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2006年10月31日 (火)

履修時間を値切ることは許されないよ!

未履修問題は遂に自殺者をもたらしてしまった。

 30日午後4時5分ごろ、茨城県大子町左貫の山林で、同県立佐竹高校(常陸太田市)の高久裕一郎校長(58)がロープで首をつって死亡しているのが見つかった。そばで「先に行きます」などと書かれた遺書が発見され、県警は自殺とみている。同校は26日に必修の2科目で履修漏れが発覚、30日は保護者説明会の開催日だった。大子署が自殺との関連を調べている。
2006年10月30日 (朝日新聞)

 「未履修」と言っているが、必修教科を教えず、しかも履修したことにして内申書に記入して、卒業させたのであるから、公文書の偽造クラスの犯罪行為だという認識があっても良いとは思う。だからといって自分の命でもって生徒を許して貰いたいというのには釈然としないところがある。生徒の方に非はないの?

 自分の高校時代は60年代末だったが大学への進学率は50%くらいだったろうか。進学組と就職組という分け方もなく国公立組と私立組という分類もなされていなかったので、同じクラスに進路の違う生徒が混じっていた。その時に既にこの問題の萌芽が見られたと今は思う。厳しい先生は全員を同じ扱いをしたが、俗に言う「物わかりの良い先生」は「私立を受験する人は他のことをやっていても良いよ」などと、他の受験勉強をすることを許していた。それでも単位は取らなければならないから試験の点数を甘くされたか、形ばかりの追試で及第としたのだろうか。この辺のことは教師や生徒に聞いてみなければ分からない。

 色々な進路の生徒が混在していたときでこの有様だったのだから、クラス全員が大学進学、しかも殆どが特定大学とかいう場合には不要な科目はパスしようという合意が出来やすいことは察しがつく。だからこの問題は校長、教師側の一方的なミスリードだと考えることには抵抗がある。「生徒の為」と言い繕い、教育者としての矜持を捨てた教師の責任は勿論だけれど、生徒側の責任も問われるべきだろう。

 誰一人として「大学受験が何より大事、例えルールを破っても」との考え方に異を唱えなかったのだろうか?そうだとしたら本当に世も末だ。今日までに必要な補修300時間を70時間で何とかとの方針が出されているが、この問題を「大事(受験)の前の小事」として処理して良いものだろうか?バナナのたたき売りみたいに履修時間を値切っていくことで良いのだろうか?余りに広範囲に実行されていたとしても、ルール破りをした方が得をしたという事実を残して良いものだろうか?これもモラルハザードとして扱うべきではないか?

 敢えて原理主義的主張をしよう。
1,現役の高校生は年度内に必要時間履修すること。
2,不正があった卒業生は2年以内に指定された教育施設で必要時間履修すること。
3,これを全うしなかった人は卒業を取り消す。

 30面下げて歴史や物理などの勉強に励む人が数十万人も出現するというのは壮観だろうな。「係長はどこへ行ってるの?」--「高校の世界史の補習の為に定時に帰りました」なんて言う事例が続出するのは愉快だ。意外と仕事人間になりかけていた人を正気に戻すきっかけになるかも知れない。

 これで初めてルール主義と言える。ルールには抜け道があってはいけないものだ。不当なルールならばルールその物に反対しなければならないものです。ルール破りにはペナルティが課せられるのが世の常。倍の600時間と言われないだけ有り難いと思いなさい。

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2006年8月31日 (木)

福岡の追突転落事故を繰り返さないために!

 連日、飲酒運転の車に追突されて3人の幼児が亡くなった福岡の事件が話題になっている。子供を助ける為に沈みかけた車に何度も戻る母親と父親の姿は想像するだに目頭が熱くなる。金槌の私から見るとこの両親は正にスーパーマンだ。
 遙か昔、子供が小学校に上がる前に兄夫婦の家で飼われていた犬に脅かされて、私にむしゃぶりついてきたときのことが思い出されます。余程怖かったのでしょう、しっかり抱きつかれたらどんなに弱虫な親でも応えないわけにはいかない。親はしっかり抱いて守ってあげ、子は抱かれて安心したという記憶がどこかに残っているものだろうか?残っていれば最近目につく親子で殺し合うような事件は起こらないのではないかと考えたりします。

 話しが脇にそれてしまいました。 福岡の事故では加害者が飲酒運転であったことと、福岡市の職員であったことが非難の的となっていますが、そればかりに注目しても余り意味がない。事故は飲酒運転だけで起こるものではないのだから。 私があの事故を目にしたときに最初に思ったのはガードレールを壊して落ちる様な事故で助かるようなことがあるのかと言うことでした。あの頑丈なガードレールを壊すほどのエネルギーで衝突してしかも19メートルも下の海に落下して生還できたことが不思議だった。その理由は後で分かりましたが、そのガードレールは車用ではなく対人用のものだったと言うのです。いくら歩道があると言っても車が衝突することを想定していないというのは明らかにミスで、国の設置基準がそうなっているとすれば早急にあらためるべきだ。

 この事故があったからハッキリ言えることですが、4メートル幅の歩道があるからガードレールに車は衝突しないというのは想定として不十分だ。車道脇のガードレールであれば衝突は車の横腹を擦るような接触の仕方をするが、4メートルもの歩道があれば今回のように正面から衝突していく可能性を想定するのはそう難しくないはずだ。では、自動車用のガードレールに取り替えればよいかというとそれでは済みそうもない。
 今回の事故から分かることは、歩行者が歩いていたら歩行者をなぎ倒して、なおかつ転落するというより重大な事故になっていたと言うこと。ガードレールを自動車用に換えただけでは自動車の転落は防げても歩行者の被害は防げない事になる。したがって歩道側に車が進入できないような対策を執る必要がある。つまり歩道側の車道脇に自動車用ガードレールを設置するか、歩道を車道より50センチ位高くするしかない。どちらにしても現状の歩行者用ガードレールを自動車用に換える対策をとるだけだとしたら片手落ちだ。

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2006年8月18日 (金)

ジョンベネ事件の犯人逮捕

 今年の駒苫はヒヤヒヤさせてくれる。内野の守備が今ひとつピリッとしないのが最大の不安材料です。一昨年に初優勝するまでは北海道のチームと当たると「ラッキー!」と喜ばれていたことを考えると、随分道産子の溜飲を下げさせてくれた駒苫には感謝です。明日の一戦も家で応援させてもらうから頑張ってください。

 今日のワイドショーではジョンベネ事件の犯人がタイで逮捕されたことを大々的に報道している。アメリカの裁判では状況証拠だけでは有罪に持って行けないようなので捜査当局はガッチリと証拠固めをしてくるとは思うが、マスコミでは犯人の会見の様子から早くも真犯人ではないのではないかという論調を見せている。この十年間は両親を真犯人扱いしてきた事を考えると何処のマスコミも同じ穴の狢だ。
 それにしても美少女というよりは美「幼女」コンテストの様子は何なのだろう?5才くらいの子にモンロー張りの格好をさせて囃し立てるというのは異常なことと思わないのだろうか?犯人は勿論だけどこれらコンテストの主催者もマスコミもそして両親も、お仕置きものだ。

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2006年6月29日 (木)

崔桂月さん、母の一念で国家の思惑を突き破れ!

 北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの夫とされる韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さん(44)と、韓国に住む母の崔桂月(チェ・ゲウォル)さん(79)、姉の金英子(キム・ヨンジャ)さん(47)が28日、北朝鮮・金剛山で28年ぶりに再会した。英男さんが公開の場に現れたのは初めて。再会にはめぐみさんと英男さんの娘キム・ヘギョンさん(18)らも同席した。(朝日新聞)
 確か、めぐみさんの夫はキム・チョルジュンと以前は名乗っていたし娘さんの方も今回はキム・ウンギョンと名乗っているという。随分と下手な小細工を弄する国なんだなーとあらためて思った。DNA鑑定技術等の発達もあり、北朝鮮政府の筋書き通りには事が運ばれなくなってきていると言う趨勢を認識したい。  明日、キム・ヨンナム氏の記者会見が予定されているという。南北両政府の思惑としては感動的な離散家族の再開という筋書きで通そうとしているものと思うが、願わくば崔桂月さんの「息子を取り戻したいという一念」で国家の思惑をぶち壊して欲しいものだ。「息子がなんと言おうと連れて帰る、老い先短い母の願いです、将軍様!」とでも泣きわめかれてどう出るか?母親の子供に注ぐ愛情と国家の冷酷な打算とが勝負をすれば母親の一念がまさると私は信じる。韓国メディアの前に親子揃っての会見を用意できるかどうかに注目している。それが許されれば勝機はある、許されないとしたらそれは国家が肉親の情に恐怖していると言うことではないのか。

 日本では、北朝鮮で孫娘と再会したらこちらの負けだと信じられている。横田夫妻も幾度となくそうしたことを口にしてきているが、本心からとは思っていない。誰の主導した理屈なのかと常々疑問に思っていた。交渉事はどちらも自分に都合の良い結果を求めてする真剣勝負だ、交渉の場を持ったら負けちゃうと言う理屈はどこから出てくるのか?横田夫妻は北朝鮮で丸め込まれて帰ってくるに違いないとでも思っているのか?そんなに信用できないのか?それとも交渉しない方が都合がよいと考えている人達がいるからなのか?

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2006年6月27日 (火)

警察の前に感謝するところが別にあるのでは?

 昼食を取りながらテレビで「カリスマ美容外科医」とやらの母と娘のインタビューを見ていたが、どうにも腑に落ちない。誘拐され、解放されたばかりなので動揺していることは分かるのですが、日本の警察を褒めるばかりで通報者への感謝が語られることがなかった。警察が一所懸命やってくれたことは間違いないと思うけれど、誘拐の目撃者が車のナンバーを通報してくれなかったならばこんなに解決が早くなかっただろうし、結末がどうなっていたかも分からない。私は、この通報者への感謝が最初にあってしかるべきだと思うのだが違うだろうか?

 被害者の住宅には道路側に窓がなく、世間に背を向けているという風に見える。セキュリティシステムに頼り、この事件の前までは警察をも頼りにはしていなかった事が想像される。警察は見直したようだが、世間というか近所付き合いの安心を見直すことにはなりそうもない。金は腐るほど持っていそうだけれど、母娘で孤立して生きてきたとすれば可愛そうな気もする。

 それにしても時給100万円だそうで、本当なら私の年収を一日で軽く稼いでしまう事になる。貯めすぎた脂肪を吸引したりおっぱいを大きくしたりする事がそんなに価値があることなのだろうか?どこか狂っているとしか思えない。

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2006年6月16日 (金)

シンドラーのエレベーター(続)

 昨日の「クローズアップ現代」では港区のエレベーター事故を扱っていた。事故を起こした機械自体の問題もさることながら管理体制とメンテナンス体制を俎上に挙げていたことは正しいものと思われる。

 番組の中で、公社からメンテナンスを依頼されていた企業は独立系と言われていた。当然メーカーからのサポートがあるものと思っていたが全くサポートは受けられていない状態だという。技術情報も公開されていないようで、よくメンテナンスが出来ていたなーと不安が先立つ。部品交換が必要となったときに部品の供給は受けられるのだろうか?メーカーとメンテナンス業者という同業者意識ではなく敵対企業という関係になっているようだ。

 こうした異常な関係はこの業界の収益構造の問題が背景にあるのだろう。私がいたサッシ業界では自動ドアの受注をしたとすると、建具は馴染みの工場で作り、扉を駆動するエンジン部分をメーカーに取付込みで発注した。その単価は自分の想像以上に安い価格だったので、こんな価格でよくやって行かれるなーと不思議に思ったものでしたが、自動ドアメーカーは施主と長期の保守契約をするのが普通でそれで採算を合わせているのだと担当者から聞いて得心がいきました。エレベータのメーカーも同じビジネスモデルで成り立っていると考えて良いかもしれない。自分の記憶でも乗ったエレベーターの保守管理業者名には100%それを作ったメーカーの名前がどこかについていた。メーカーの子会社か別部門が担当するというのが普通だったのだろう。そこに独立系と言われる保守管理会社が入り込んでくれば排除しようというのも頷ける。
 昨日、書いたように事故を起こしたマンションのメンテナンス会社に支払う委託料は大幅に下がっていたようだ。

 港区住宅公社から保守管理会社への委託費は、03年度の446万4百円から、06年度は115万2千円に大幅カットしています。

 ざっと四分の一に圧縮されている。この10年間くらいはそうしたコストカットが歓迎されてきたのだけれど、安全を担保できていなかったと言えそうだ。 シンドラー社の言い方でも「当社に保守管理を任せていないから」との思いを滲ませている。しかし、では4倍払ってお願いしますというのも釈然としない。メーカーの保守管理契約料が適切な価格なのかという疑問が残るからだ。

 メーカー側に独立系のメンテナンス会社に技術情報を開示するよう義務づけるとしていくらの対価が必要になるのか?それによって委託料も上昇せざるを得なくなるがどこまで受け入れ可能なのか?そして、メンテナンス会社を入札によって切り替えていくとしたらその上の公社等の管理者が保守点検情報を継続して管理し続けなければならないものだと思うが、当の港区住宅公社を「存立理由がないと判断した」(港区幹部)との一言で廃止してしまうという。何を焦っているのかとの不信感を持たざるを得ない。管理系統の不備を直す気があるのかと言うことです。

 今日のシンドラー社の発表では過去に制御盤のプログラムミスがあったとのことである。しかし今回の事故のエレベーターにはその制御盤を使っていないと言う事だが、外資企業という点を割り引いてもクレーム情報、技術情報等の開示に対してガードが堅い印象を受ける。隠そうとするなら事故を起こしたエレベーターに関しては他社の技術者を入れてでも原因究明に努めるべきではないだろうか。

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2006年6月15日 (木)

シンドラー社は未だ推定無罪のはず!

 タイトルに推定無罪と書きましたがシンドラー社の肩を持とうとの趣旨ではありません。テレビで日本人社員の様子を真似ながらぎこちなく頭を下げている様子を見たり、会見終了時に記者から怒鳴られている様子に日本社会のやや異常な一面を感じたために敢えて推定無罪と書きました。確かに設置数を明かさないなどの初期の対応には不誠実さを感じますが、外資系企業なので事故の責任や裁判に関しての考え方に差があることを頭に入れておくことも必要と思いました。以前、香港で車と通行人の接触事故を目撃したときに双方が猛烈に怒鳴りあうのを見て添乗員に尋ねると、「こちらでは謝った方が負けで、自分から謝ることはしない」と教わった、ついで「外国はみなそうです」と言われたことが今でも印象に残っています。日本人がまず謝罪を求める気持ちは分かるのですが原因が明確にならなければ責任も明らかにならないことなのでここは冷静になる必要があります。航空機事故調査で強調されるように、最初から責任を追及する姿勢を見せると相手は不利と思われる情報を隠そうとする余り、却って原因究明に不利となると言う考えを考慮すべきです。

 東京都港区の公共住宅「シティハイツ竹芝」で、都立高校2年の市川大輔さんがエレベーターに挟まれ死亡した事故では製造元のシンドラー・エレベーター社がやり玉に挙げられていますが、追求の順序が違っていると思うし犯人捜しに性急すぎると思います。六本木ヒルズの回転ドア事故の時ももっぱら製造元の三和シヤッター工業が責任を追及されていたが本来はそんな大きな回転ドアを要求した施主・設計者・建築業者の方が責任が大きい。引き渡し後は勿論、それを稼働させ管理しているオーナーの森ビルが最大の責任を負うべきものです。メーカーは化け物を作り上げてしまったところに罪がある。JRの事故の場合も運行しているJRの責任が問われるのであって製造元の例えば川崎重工が責任を問われる事は電車その物の欠陥が明らかにならなければないものだ。
 この事故の場合も、港区、そして港区住宅公社そしてメンテナンス会社、そして製造会社とが関連しているが、事故につながるデーターはメーカーよりもメンテナンス会社や住宅公社の方が多く集積しているはずです。大きな事故の陰には小さな無数の事故があるとされていることは今回も真実だと思う。事故後、シンドラー社のエレベーターに関する事故報告が続々と上がってきている事はこれを証明している。

 電車も自動ドアもそしてエレベーターも工場で機械自体を製造したときよりも運転中の管理の方が遙かに重要です。今回の事故の件では、ブレーキの不具合と制御盤の不具合とが疑われている。

 12階の天井部分に挟まれていた市川さんが救出された際、作業員が電源を切ったにもかかわらずエレベーターは急上昇し、最上階の停止位置を超えて天井寸前に達していた。衝撃で8本あるワイヤのうち3本が滑車から外れたという。(朝日新聞6/6)

 エレベーターはウインチのように巻き上げによって上昇するのではなく、エレベーターのカゴと重りとをワイヤーで結び電動ドラムとワイヤーとの摩擦で上下させているので、原因としては①ブレーキその物の故障、②扉の開閉の感知とブレーキの動作を制御している制御盤の故障または不具合、③ブレーキと制御盤の複合的な不具合 との3点が考慮されている。上記の記事で見る限り、モーターが回ったと言うよりはブレーキが外れ重りの下降につられてカゴが上昇してしまったと考えるのが自然と思う。シンドラー社は最新型と胸を張るがブレーキと制御盤に欠陥を抱えている可能性が高い。この点はいずれ明らかになると思っている。

 人間の作る機械には欠陥を抱えているものが多い、なくせと言ってもなかなか根絶することは難しいものだ。だから使っているときに起こるトラブルを解析することが重要と言われている。その点に於いてシンドラー社が熱心でなかったのならばその企業責任は重大だが、他方建物を管理していた側の対応のまずさも分析する必要が大いにあると思う。

 そんなときに次のような記事を目にした。

住宅管理の公社、港区が廃止検討  東京都港区住宅公社が管理する公共住宅のエレベーターに高校生が挟まれ死亡した事故で、同区は、同公社を廃止する方向で検討に入った。この公社は、「指定管理者」として区営住宅や高齢者集合住宅など20の区有施設の管理を任されていたが、今回の事故ですべて取り消されることが決まっており、「存立理由がないと判断した」(区幹部)という。  公社は区が100%出資して95年に創立。今後は区の直営に戻してメンテナンス業務などを個別に外部団体に委託するか、公社に代わる指定管理者を区が公募して決める。早くても来年度からの見通しという。 2006年06月13日(朝日新聞)

 港区住宅公社が事故の責任をとって指定を外されるというのなら分かるのですが、いきなり「存立理由がない」として廃止というのは理解できない。存立理由がないものを何故今まで使ってきたのか、そもそも何のために作ったのか?全く理解に苦しむ。 耐震偽装も同じ臭いがするのですが、役人の退職後の受け皿として作ったのではないか。出来合いの建物を管理するだけだから、面倒なことは外注すればよいと思っていたのがいきなり責任を問われるような事故が起きてしまった。いずれ管理責任、仕事内容まで詮索される事態が予想されるので早手回しに廃止してしまうと言うのと違うのだろうか。如何にも役所の責任逃れの臭いがプンプンするのだけれど。

 そんなときにネットを漁っていて次の記事を見つけました。

 区から住宅公社への支払いは、2005年度に364万6千円だったのが、06年度は42%カットの210万円になっています。また、港区住宅公社から保守管理会社への委託費は、03年度の446万4百円から、06年度は115万2千円に大幅カットしています。  03年度の委託契約は随意契約によって、エレベーター製造元のシンドラーエレベータ東京支社と契約していました。しかし、04年度から指名競争入札に変更。04年度は同社が落札したものの、05年度は日本電力サービス、06年度はエス・イー・シーエレベーターが落札。この三年間、エレベーターの保守管理は、価格が安かった別々の違う会社が行ってきました。 「しんぶん赤旗」6/9

 確かに無駄な経費削減は大事なことだけれど、安い価格でやってくれるメンテナンス会社の技術水準は十分だったのだろうか?そこと製造会社との連携はどうだったのだろう?耐震計算の確認検査会社が殆ど耐震計算を理解していない人間の集まりだったことと似ている。
 役所を追求するとろくな逃げ道を探さないから「今回は許してやる、だから責任の持てる管理体制を考えろ」と言うのは間違いだろうか?今度は住民ががっちりとチェックするから!

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2006年6月11日 (日)

「変貌する日米同盟」は日本人を何処へ連れて行くのか?

 NHKで「変貌する日米同盟」という番組を三夜連続で放送していた。第二夜の最初に岩手山演習場での陸上自衛隊とアメリカ陸軍との合同演習の模様が報じられていた。車列が武装集団に攻撃されたことを想定するという、全くイラクでの現実そのものを想定した訓練を行っていたが、訓練を終えた米軍兵士が「自衛隊となら海外でも一緒に戦える、非常にプロフェッショナルだ」と褒めていた。--- エーッ、そんな言葉はちっとも嬉しくない。日本国民は海外で米軍と一緒に戦うことを自衛隊に許した覚えはないです。麻生外相と額賀防衛庁長官それに町村前外相、大野前防衛庁長官はそんな約束をしてきたのか?全然説明していないぞ!と言いたい。

 昨年来の日米安全保障協議で合意したことを日本政府は沖縄の負担軽減としか説明していない。額賀長官は番組の中でも「新しい脅威にどういう風に対処していくのか、その時に一国だけでは対応できないし同盟関係をきちっとしていく中で役割、任務、能力をどういう風に分担していくかをやろうじゃないか」ともっぱら日本の防衛という観点からしか説明していない。ローレス国防副次官は明確に「日本にはグローバルな安全保障上のパートナーになってもらう必要があるのです」との発言をして、米軍の世界的な再編に日本の自衛隊も含まれるとの認識も要求もしているのとは大違いだ。
 アメリカがもっとも強く要請したのがキャンプ座間への米陸軍第一軍団司令部の移設だったというのは不安定の弧と言われる北朝鮮・中国・インド・パキスタン・中央アジア・中東での軍事行動に対応するためである事をアメリカは隠していない。唯、日本政府だけが日本国民に別なことをいっている。町村前外相は日米安全保障協議に際し「日本と極東の安全」に限定する極東条項にとらわれないで日米の連携を重視すると言う考えに基づいて協議することを決断したそうだが、このぼんぼんは日本の国民がもっとも警戒しているのがアメリカの戦争に巻き込まれることだと言うことを知らないのか?それとも日本国民をアメリカの前に差し出すことを何とも思わない人間なのか?

 昨日の討論の中で唐突に額賀長官が「あなたは自信がないのか?私は自信がある」と言い出した。何のことだか暫く分からなかったのですが、どうやら「日本政府はアメリカに引きずられているわけではない」と言いたかったらしい。日本政府はアメリカの戦争に唯々諾々と従うものではないと言いたかったようだが、国民がもっとも信用できないと思っているのが額賀長官を初めとする日本政府なのだと言うことに思い至らないらしい。
 海上自衛隊も航空自衛隊も陸上自衛隊もシステム的にも訓練内容でも共同行動を強めている。日本政府は日本の安全のためと説明するがアメリカはそれこそイラクやイランでの共同戦闘行動へ向けて着々と手順を踏んでいるとしか思えない。

 日本は民主主義国家で国民が主権者だと自民党も言うが主権者たる国民に真実を話していない。果たして日本政府はアメリカに引きずられているだけなのか、それとも確信犯なのか、それが問題だ。憲法改正、国民投票法案、教育基本法改正、共謀罪と矢継ぎ早に出されてきた制度改革の方向はアメリカへの追従なのか先祖返りの日本帝国主義への方向なのかについては議論が分かれるだろうが、靖国神社に参ろうが、愛国心を叫ぼうが、日の丸に頭を下げさせようが、君が代を歌わせようが見せかけ右翼で本質はアメリカへの追従だと私は思っている。

 ブッシュ大統領の支持率は低下を続けている。ザルカウイを空爆で殺して喜んでいる(人一人を殺す為に爆撃するなんて正常なことなのだろうか?)が、もはや支持率は上がらないだろう。米兵の死者が2500人を越えてさすがにアメリカ国民も耐え難くなっている。アメリカの指導者が今後も世界中で(可能性としてはイラクの次はイラン)戦争を遂行するときに物質的にも人的にも損害を引き受けてくれる国を切実に必要としていることに疑問の余地はない。その時に進んで立候補しかねない危うさを今の自民党の政治家には感じて仕方がない。

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2006年6月 5日 (月)

ヘッジファンドをどう考えたらいい?

 村上ファンドの村上世彰氏が逮捕された。お昼頃に東証で記者会見を開いたが、内容よりもその長さにまず驚いた。1時間20分だそう。自分の口でインサイダー取引を認めた格好なので願わくば逮捕を免れたいという意図なのか、少なくも堀江氏のように否認して何ヶ月も拘置所暮らしをするのは避けたいと言うことだったのだろうか?

 先週金曜日に「村上ファンドにインサイダー取引の疑い」という報道に接したときには阪急のTOBを助ける目的での情報リークかなという疑いをまず抱いたが、今日明らかになったように実際に逮捕まで踏み込んだ。自分の知識は全く貧弱で、ニッポン放送に対しては村上ファンドはアウトサイダーなのにどうして?と言うくらいの疑問だった。証券取引法第167条には公開買い付けに関する規制もあり、それに抵触するらしい。村上氏によると検察の話しぶりは「宮内からニッポン放送株を買うという話を聞いたでしょう、ならば抵触するね」と言うものだ。思わず「共謀罪」論議を思い出してしまった。まあ、その後の実行行為が処罰対象なのですが。
 ライブドアがニッポン放送を買収してしまっていたときはどうなるのだろう?共同で買収を成功させたことになって称えられているのだろうか?買収後ライブドアに高値で売ったとしても処罰されるのだろうか?

 ニッポン放送の買収劇は結局はライブドアと村上ファンドが組んでフジテレビに仕手戦を挑んだと考えても良いだろうか?フジテレビに高値で株を買い取らせて大儲けした事件と言うことになる。内部情報を利用して大儲けすることは処罰されると言うことは分かった、では金に飽かせて市場操作をして大儲けした場合はどうなるのか。アジア通貨危機を引き起こした欧米のファンドのような行動は処罰されていない?村上ファンドも数千億の運用資金があると言われているが、どこかの企業の株を大量に買い集め、うわさ話を広めて高値で売り抜けるなんて言うこと位は朝飯前のような気がするのだが。これが外国のファンドだったら手が出せるのだろうか?

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2006年6月 3日 (土)

少子化の勢いとどまらず!

 北海道の合計特殊出生率は1.13と今日の夕刊に載っていた。日本の平均は1.25と言うことだから結構先を行っている(…?〉。 「百年安心!」と誰かが盛んに叫んでいた年金制度の基礎となる出生率予測は1.39だから現実はかけ離れるばかりで、「厚労省の予想は大甘!」との予想が見事に当たった ことになる。
 またぞろ少子化対策が叫ばれることになるだろうが、いくら出産費用はタダにするなんて言おうとも、「年寄りの年金」をひねり出すために子供を産めとの魂胆が見え透いているから躊躇したくなるに決まっている。

 私の世代は20~30代と高度成長期だったから年金のことは余り心配していなかった。だから結婚したら子供を持つ、一人じゃ(子供が)可愛そうだからせめて二人位はと何の疑問もなく考えていたように思う。いつから子供のことは年金のことになったのだろう?年金のために子供のことを考えるというのは真っ当な世界じゃないよね。慎ましやかにと言うレベルでは誰でもが安心して暮らしていける社会であって初めて損得抜きで子供を産んで育てていけると言うのが真実だろう。その意味では年金と社会保障(本当は家族制度と言いたい)が重要だ。

 損か得かと言うことでは今の人達は子供を持つと言うことは損と考えているのだろう。そしてその感情は日々目にしている事柄から学んだものだと私は思っている。それを見せつけているのは他ならぬ我々の世代であるかもしれない。
 私の回りでは十年前くらいに二世帯住宅が多く建てられた。その殆どが親(70歳代前後)の面倒を見る為にと称して頭金を親が出し、息子夫婦(40歳代前後)がローンを払っていくという方法のようだ。ここまでは合理的なのだけれど、数年どころか数ヶ月で年寄り夫婦が市営住宅等に引っ越していく例が多い。「こんな事なら家なんか建てるんでなかった」と嘆くのは殆どが年寄り夫婦だ。事情を聞くと殆どが嫁と姑の対立で、一方的に息子夫婦が悪いと決めつけるわけにもいかないが、昔なら嫁が泣き寝入りを迫られたものだが今は姑が泣かされる世の中のようだ。同じ屋根の下に住みながら食べる物も別、食卓も別、一緒にいると機嫌が悪いので別の部屋で過ごさなければならないと嘆いている。食生活も生活習慣も様変わりで、「長男の嫁だからと言って親の面倒を見なければいけないという法律でもあるのですか?!」と主張出来る世の中だから一緒に暮らしていくのは難しい。--ちょっと脱線しますが、そう言う彼女も嫁に行くときには「自分の親の面倒は長男夫婦がみるもの」と思っているようで少し虫がいい。--私の母の世代は嫁ぎ先の親の世話に明け暮れた世代でしょう。祖父の最期も病院に2週間も泊まり込んで看取ることになったし、またそれが当然のこととされた世代でもありました。今度は自分が大事にされる番と期待していた訳ではなくとも、こんなに邪険にされる時代になろうとは思っていなかったことでしょう。
 こんな年寄りの姿を見せつけられていると、明日は我が身でとても子供を育てたいとは思わないだろう。苦労して子供を育てても当てには出来ない、それならいっそのこと夫婦で稼いだ金で老人ホームにでも入り他人の子の世話になって生きるのも悪くないと思うのではないか。確かに自分もその方が利口だと思う。しかし、こんな損得勘定で社会が持続していけるものだろうか?

 自分の年金が当てにならないときに他人の年金の為を考える奴はいない。現在の制度が続けられないと言うことは誰の目にも明らかだろう。年金は自分たちの将来のために積み立てていくというのが本来の姿だろうし、抵抗もないだろう。年金制度のない時代に育って受給している人達はもう多くはなく、殆どの人達は自分の人生に於いて年金を積み立ててきている人達だから、現役世代が受給者のために拠出するという制度から、自分のために積み立てるという制度に変更することは可能になったと思う。勿論、既に使われてしまった分は税金などで補填しなければならないが出来ないことではないと思う。
 この制度の移行時に心配なのは個人の積立額のデータが社会保険庁にあるのかと言うことだ。先日、テレビ番組の中で弁護士が自分の納付状況の確認を求めたところ「昭和50年までのデータはありますがそれ以前のはありません。それ以前に払ったと言われるなら領収書でも持ってきてもらわなければ証明できません。」と社会保険事務所から言われて怒っていた。個人の納付状況のデータがないならば積み立て方式に代えると言っても、納めていた人もそうでない人も同じに扱うことになり不公平の誹りは免れない。国保ではちょっと歯医者にかかったくらいで「あなたが使った保険料はいくらです」と通知してくる。私はその通知を目にする度に「俺の納めた保険金が総額いくらで、使ったのがいくらだよ」と文句を言いたくなる。

 国保だって年金だってそうした資料を揃えておく責任は当然ある。こんな基礎的なデータすら揃えていないなら全員首だ!退職金没収で基金の足しにする。

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2006年5月24日 (水)

やっぱり消費税は貧乏人イジメだよ!

「消費税の個人申告約4倍に 05年分、免税点下げで」 との記事が共同通信から配信されていた。

 国税庁が23日発表した2005年分の個人の確定申告状況によると、消費税は免税点が年間売上高3000万円から1000万円へ引き下げられたため、申告件数が157万6000件と前年の約3・8倍に増えた。
 消費税の申告納税額も4901億円と倍増。新たに課税対象となった122万人のうち96%が申告した。

 消費税の免税点が1000万円に引き下げられたことは私たちのような個人事業主に大きな影響を与え始めている事だろう。納税者が前年度の3.8倍、110万人ほど増え、納税された額が2500億円ほど増えて4900億円ほどになっている。新たに課税対象になった人は単純計算で一人あたり22万7千円ほどの消費税を納めた計算になる。

 自分の回りの個人事業主は多くがバブル崩壊後に企業を放り出されたか見切りをつけて出た人だ。始めた事業の多くは建築関係なので粗利は多くても2割と言うところではないだろうか。簡易課税事業の選択をするとしても建築業では仕入率70パーセントとなっているが、そんな仕入率で済んでいる人がいるとは思えない。以前勤めた会社では新築工事の見積もりでは5%の利益を確保するのも容易でなく、消費税が恨めしかったものだ。粗利2割(2割もの粗利を確保している人が本当にいるだろうか?)と見込んでも、売り上げ2000万円で利益は400万にしかならない。これでは独り身ならいざ知らず家族を養うのは並大抵なことではない。この層の人間には消費税が逆累進課税だという現実が骨身に滲みてくる。これで社会保障のために消費税率アップをと言う議論が聞こえてくるが本当にやっていけるだろうか? 生活保護が羨ましいという議論ばかりが聞こえてくるのは悲しいことだけれども現実であり、異常な事だ。

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2006年5月22日 (月)

どこか違っている小泉総理!

 土曜の夕方にラジオのスイッチをひねると小泉総理のインタビュー番組が聞こえてきた。連休中にアフリカを訪問した時にガーナの大統領に野口英世賞を創設しようと話し大変喜ばれたと得意げに語っているところでした。国籍に囚われず医学で貢献した人を称え、ノーベル賞に負けない賞にしようと話してきたというのですが、ノーベル賞の歴史と権威はそう一朝一夕に獲得できるものではない事を分かって言っているのかと、ちょっと危なっかしく思った次第ですが、飾らずしかも軽薄さを恐れずと言うのが小泉総理人気の秘密かとも思うのですが、続いての発言には唖然とさせられた。

 「野口英世賞を創設しようといつ頃から考えられていたのですか?」と尋ねられて「アフリカに向かう飛行機の中で」と全く屈託のない調子で答えるではありませんか。ノーベル賞を越えるような賞にしようという提案を、しかも一国の大統領に対して提案するその内容を思いついたのが途中の飛行機のなかでと明言することを恥ずかしいこととは思わないのだろうか?そんな行き当たりばったりの思いつきで外交をやってきているのだろうか? まさか当の大統領には話していないと思うのですが…、話していたら目も当てられない。  その後テレビで石川県に行って日本全国の風土だか物産だかを売り出すのに一役買おうという姿が映っていましたが、「小泉さーーん」とおばちゃんに声を掛けられて「はーーい」と応えているのを観ると何か画面に投げつけたくなってくる。本当に日本国民の半分がこの総理大臣で良いと考えているのだろうか?

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2006年5月19日 (金)

日本テレビの次は苫小牧市長…

 昨日の新聞では日本テレビの男性アナウンサーが盗撮で書類送検されていたことが報道されていた。鉄道警察が神奈川県迷惑防止条例違反で逮捕していたそうだが、起訴猶予としたそうだ。ほとんど同じ経過をたどった植草氏は起訴されているが、何故日本テレビのアナウンサーは起訴猶予だったのだろうか。いったい何を基準として起訴したり起訴猶予としたりしているのか分からない。まさか手鏡は起訴だがデジカメならば起訴猶予と言う訳でもあるまいし、植草氏は小泉政権の政策に批判的だったから標的にされたというのが案外真実なのだろうか?

 植草氏の例も含めて「罪を認めたら起訴しない」などと言うことが自白を引き出す常套句として使われているようで、裁判所でもない検察が起訴するか起訴猶予とするかの権限を持っているというのは検察の権限が強くなりすぎて不健全かもしれないね。

 この件では何よりも日本テレビの総合広報部の「プライバシーにかかわることなのでコメントできない。社としてすでに適切な対応をとっている」としている。(2006年5月17日18時43分 読売新聞)---と言うコメントに非常に違和感を覚えた。警察や役所も最近は身内の不祥事に関して個人情報を名目にして名前を明かさないことに批判が集まるようになってきたが、本来批判の先鋒に立つべき報道機関(一応テレビ局もそうなんでしょう、買収されそうななったときだけの専売特許じゃないよね…)がプライバシーにかこつけて隠蔽することは許されないことだ。
 もっとも、ネットでは男性アナウンサーが誰なのか、ほぼ特定した情報が飛び交っているから早晩実名になるかもしれないし週刊誌が放っておかないでしょう。こうしてみてみると新聞もテレビ局も現世のステークホルダーになりきって牙も矜恃も持ち合わせていないように思えて残念だ。 「噂の真相」 復刊しないかなー?!

  こう思っていると、今日の夕刊では苫小牧市長がわいせつ行為で辞任かと報じられている。嘘か本当か分からないけれど被害者が「500万円の示談を持ちかけて100万しか出せないと言ったので告訴した」などという話も伝わり単純なスキャンダルとは違って背後で何かが動いている気もする。市内を通ってみると分かるが、公然と辞任を求める垂れ幕がかかっていたりして町全体が異様な雰囲気だったから尚更だ。夜になって記者会見で辞意を表明したが奥さんが同席しての記者会見は予想外だ。あんな席に顔をさらしたいわけがないのでいよいよ何か裏がありそうだという気がしてくるが、放送に載った一言だけでは何も想像がつかない。それにしてもわいせつで辞めるにしては桜井市長本人の顔はさばさばしていると感じたのだが…。
「理由は何であれ辞めれて嬉しい」……そんな顔だったなー。

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2006年5月15日 (月)

政府は拉致家族を利用しているだけでは?

 先程のニュースで横田滋さん達が韓国へ出発したと報じられていた。

 今回は大きな面会がセットされている。めぐみさんの夫とされる韓国人被害者、金英男さん=同(16)=の母、崔桂月さん(78)と姉、金英子さん(48)と初めて会う。

 政府のDNA鑑定の結果、金英男さんがめぐみさんの夫だったことが確実となり、崔さんの様子が日韓のメディアを通じて伝えられた。涙を流し、幾重にもしわが浮き上がった顔。「今まで苦労された気持ちがよく分かる。同じ立場に置かれた一人として、直接慰めてあげたい」と滋さんはいう。早紀江さんも「気の毒な気持ちは分かる。本当なら一緒に行きたかった」と語り、「『ここまで来たのだから、希望を捨てないで』と言ってください」と崔さんらへの言葉を滋さんに託した。
(産経新聞)

 勿論、拉致被害者家族としての気持ちは共通のもので韓国国民にも通じることと思うしそれを願うけれど、落胆させられることも多いのではないかと気がかりだ。韓国国民の感情は被害者家族をも含めてですがやや日本とは違うベースの上にあるのではないかと言うことです。それは植民地とされていた時代に行われた60万人と言われる強制連行の被害を受けていると言うところにある。拉致被害者家族の無念さは圧倒的な数の多さで韓国そして北朝鮮国民の心の中に残っていると考えた方がよいと思う。人道問題を前面に打ち出して訴えたとしても、民族としての共通の感情を簡単に越えることが出来るものだろうか。本来、この感情は日本政府が拭うべきであって横田さん達だけにその役目を負わせるのは酷だと思わないのだろうか。「救う会」には政治家も参加しているが、そのための努力を真剣にした人達がどれだけいるのだろうか?

 前回のブログでも触れましたが、日中国交回復の時に言われたことに「日本軍国主義は中日両国人民の共通の敵」というのがある。中国人民を苦しめたのは日本軍国主義であって日本人民ではない、日本人民も苦しめられたと言う理屈で国交回復に抵抗する国民を中国共産党は教育した。私は拉致問題を考える度に「金正日政権は日朝両国人民の共通の敵」だと思う。この言葉の対には「日本軍国主義は日朝両国人民の共通の敵」がある。どちらが抜けても正しくないと思う。金正日がやったことは日本軍国主義と違わない。金正日政権だけを悪人とするだけでは北朝鮮人民も韓国国民も中国人民も納得しない。その前に同じ事をもっと大規模に行った日本軍国主義に対する反省と批判がなければ受け入れられるものではない。この反省がなければ「10人や20人なんて何だ、60万人さらったことをどうする」という反論をされるだけではないか。事実、インタビューで北朝鮮の軍人や学生がそのように主張する様子を観たことがある。韓国にこの感情がないとは信じられない。

 去る5月3日に韓国のイ・ジョンソク統一相が訪韓する横田滋さんと「面会する必要性があるとは考えていない」と語った様子をテレビで観ていて、いくら韓国国内で行われた討論会の中での発言とはいえ、いささか冷たすぎるのではと思った記憶がある。南北統一を急ぐ政府の方針もあるとは思うけれど政府が乗っている国民世論・感情が日本で考えられているものとは相当違うのではと感じた。

 横田さん達拉致家族は人道被害者として韓国国民の共感を得ることは出来ると思う、しかし北朝鮮への経済制裁を呼びかけても共感は得られないのではないか。制裁は金正日政権だけが苦しむものに絞れなければやるべきではないと思う。これまで日本政府が歴史的にやり残したこと、見ようとしなかったことは余りに多い。中国や韓国と首脳会談が出来ないまま横田さん達を外交の道具に使うようなことが政治家達は恥ずかしくないのだろうか?この国の政府は国民のために何か力になってやろうと動く事はないのだろうか。

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2006年4月25日 (火)

「沖縄の負担軽減」は、いつから「日米同盟の強化」になったのでしょうか?

 昨日の夕刊と今日の朝刊のトップニュースは沖縄の海兵隊移転費用に関する日米合意の一件でした。

 【ワシントン23日共同】額賀福志郎防衛庁長官は23日夕(日本時間24日朝)ラムズフェルド米国防長官とワシントン郊外の米国防総省で約3時間会談し、在沖縄米海兵隊のグアム移転経費、総額102億7000万ドル(約1兆2000億円)のうち日本側が59%、60億9000万ドル(約7100億円)を負担することで合意した。

 額賀長官は満面の笑みを浮かべて合意を喜んでいるのであるが、国民感情としては何で移転費用の59%も負担させられてそんなに嬉しいのか不可解ではないだろうか。この合意を受けて安倍官房長官は以下のように述べた。

「地元負担の軽減は日米同盟に資するし、日本の安全保障にもプラスになる」と強調した上で「今回の合意はぎりぎりの交渉の結果であり、国民に負担の必要性をしっかりと説明していく」(共同通信)

 しっかり説明されても同意できるかどうか…?
 安部官房長官は上記の前段で「在日米軍再編は沖縄の地元負担軽減が大きな目的だった」と発言しているが、トランスフォーメーションと言われている物は世界中の米軍の配置換えであり沖縄の住民との軋轢が原因であるわけではない。安倍氏は「日米同盟」と「日本の安全保障」と言う二つの言葉を使っているが、その違いを説明してもらった記憶はありません。私は、日本政府は国民向けの説明で「日本の安全保障」という看板を掲げ、その実は「日米同盟」へと踏み込んでいっているという疑いを禁じ得ない。そしてそれは誰の為なのよ?

 ロドマン米国防次官補はトランスフォーメーションに関して、次のように発言している。

 我々は世界的に軍の配備について検討している。世界中の米軍について見直しを行ったもので特別な脅威(このときには対中国)に対するものではない。 実際、新しい世界的な配備における原則の一つは「次の脅威はどこから来るか分からない」というものだ。不意を突かれるかもしれない、したがって優先するのは柔軟性だ。様々な危機に対応できる地域に配備する。(2006/04/23放送 日高義樹のワシントン・リポート)

 と、米軍の世界的な再編について語っている。比較的後方に部隊を配置して、事あるときには迅速に前線に配置する機動性を持たせると言うことが効率的だという考えに基づいて、世界中の米軍を再編成しているのであり、決して他国の基地近くの住民への配慮が動機な訳ではない事を語り、更にもっと踏み込んでいく。

 実はトランスフォーメイションは日本のトランスフォーメイションでもある。日本の自衛隊は非常に有能だ日本は世界で新しい任務に就くことが出来る。 実を言えば日本がグアムの新しい米軍の体制に入り協力してくれることを望んでいる。(日高義樹のワシントン・リポート)

 実にあっけらかんとした物言いだ。「米軍の体制に入り」とは決して「対等の関係」から出てくる事ではない。端的に言って「アメリカの戦略配置に協力せよ」と言うことではないか。アメリカは同盟国なのだから協力するのが当然だと言っているのであるが、言われるこちらは「従うのが当然だ」と言われているとしか思えない。それが他ならぬ日本政府からは「沖縄の負担軽減」となり、7000億円の負担が喜ぶべきものと説明されるのだから戸惑うのも当然ではないか。

 日本政府はいつから平気で日米同盟と言うようになったのだろうか?私は不勉強かもしれないが、昨年の2+2会議でライス長官が日米同盟と発言したのを聞いて愕然としたのを覚えている。私たちは日米安保条約は日本の防衛のためという説明意外には聞かされていなかったのに…。

 日本はアメリカの言うことを聞かなければならないと説明されるなら分かるが(賛成というわけではありませんが)イコールパートナーだから59%の負担をするというのは理解できない。そんな議論がそもそも成り立つものなのか? 成り立つのであれば日本の自衛隊の配置換えにもアメリカは応分の負担をしてくれるのか。どうもそんな話は聞いた試しがない。イコールパートナーであれば戦略的必要に会わせて、それぞれの国の軍隊を、それぞれの国の金で、それぞれに強化するという方法になるのではないか。他国の軍隊の為に過半の負担をするなどと言うことなど聞いたことがない。対等と言うことが嘘としか思えないのだけれど。

 結局、日本政府がやろうとしていることは「日本を守ってもらっている」というと言う名目で「日米同盟」に突き進もうとしているのではないか。それは本当に日本国民のためになることなのかい?今はインド洋に補給艦を派遣し、イラクに地上軍を派遣しているが、自分の判断では引き揚げもままならないようだが、次は同盟軍の死者の75%を引き受けるべきだと言われない保証はあるのだろうか?

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2006年4月19日 (水)

プーチンのロシアにも注意を!

ロシア政府がグルジアとモルドバ産ワインを禁輸したとの報せが載っていた。

 【モスクワ=金子亨】ロシア政府は、親欧米路線を掲げる旧ソ連のグルジア、モルドバ産のワインについて「約半分に農薬など有害物質が含まれていることが判明した」として、輸入を全面的に禁止した。  これに対し、グルジアのスビモニシビリ農相は「ロシアよりはるかに検査の厳しい国にも輸出しているが、問題は一切ない」と反論し、同国のサアカシビリ大統領も「深刻な政治問題だ」として、事実上の経済制裁であると批判した。(4月18日読売新聞)
 価格を二倍に吊り上げるために天然ガスのバルブを閉めたかと思うと今度はロシア向けの輸出が70~85%も占めるワインの輸入禁止措置を打ち出すとは随分と露骨な嫌がらせをするものだ。スターリンからブレジネフ迄の時代であれば戦車を送り込んでいたところだろうが、さすがのプーチンもそれは出来ないとしても、その本質は何も変わっていないことを証明してくれている。  ソ連の解体過程では党官僚達が国営企業を横領していったが、今や政府機関はKGB出身者に乗っ取られ、司法も議会もKGBの一機関でしかないかのようだ。この辺りは最近読んだ「プーチニズム」(アンナ・プリトコフスカヤ著)に詳しい。オリガルヒといえどもプーチンに批判的であっては生き延びることを許されない世界が出現している。
 【モスクワ=金子亨】インターファクス通信は15日、脱税罪などで服役中のロシアの石油会社「ユコス」の元社長、ミハイル・ホドルコフスキー服役囚が、シベリア・チタ州の刑務所で他の服役囚に襲われ負傷したと報じた。  プーチン政権と対立した元社長は、2003年秋に逮捕され、昨年、懲役8年の刑が確定した。弁護士は暗殺未遂の可能性を示唆したが、当局は「若い服役囚と口論になり、鼻を引っかかれたようだ」と否定している。(4月16日読売新聞)
 勿論、私は「生き延びることを許されない」と比喩で言ったのだが、監獄の中で暗殺が行われるとしたら独裁どころか野蛮極まりない社会と言うことになってしまう。ゴルバチョフがソ連を解体し、エリツィンが民主化を推し進めているとして西側諸国がロシアを支えてきたけれど、終わってみればロシア人はKGBに政府を委ねてしまった。諜報機関は諜報機関のやり方で国家を運営していくことになるのだろう。  中国では一党独裁ではあれ中央に直訴すれば地方政府が処罰される事例もあり、全く道理が通らない社会と言うわけではなさそうであるが、ロシア政府は共産党ですらなく、KGBだと言うのだから望むべくもない。  日本は性格の違う二つの独裁国家と背後の単独行動大国アメリカとの三つに挟まれて大変な時代を迎えることになりそうだ。アメリカの関心は中東に向いているように思うので、そんなアメリカの引っ越しに大金を出している余裕が日本にあるのだろうかと心配になってくる。

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2006年4月15日 (土)

ウトナイ湖の危機

ウトナイ湖が環境汚染の危機に曝されているという記事を眼にしました。

 【苫小牧】新千歳空港で使われる融雪剤や機体の着氷を防ぐ防氷剤が、ラムサール条約登録湿地のウトナイ湖(苫小牧市植苗)上流の美沢川に水質汚濁を引き起こしている可能性が出ていた問題で、汚濁の指標となる生物化学的酸素要求量(BOD)が融雪期にのみ、環境基準の三十七倍もの数値を示したことが十一日までの苫小牧市の調査で分かった。同市は原因が新千歳空港の融雪剤にあると断定し、近く、国土交通省に改善を求める。
 新千歳空港は融雪剤などとして、酢酸ナトリウムやプロピレングリコールなどを年間約一千トン使用しており、ほぼ全量が美沢川に流されている。バクテリアがこれらを分解するため、酸素が必要となり、BODが高くなる。この結果、水中に生息する生物が酸欠状態を招く恐れがあるという。
(朝日新聞)

 ウトナイ湖には子供の頃、よく遊びに来たものですが、湖と名はつくものの沼と言った方が適当なくらい見栄えのしないところだと思っていましたが、大きくなるに従い、渡り鳥をはじめとする野生の鳥類・昆虫には大事なところとの認識に至りました。 新千歳空港は北国の幹線空港だけに、確かに除雪だけでは冬期間の安全運行は望めないでしょうね。冬期間に滑走路に撒かれた融雪剤が春先の融雪期に一気に美沢川に流れ込むと言うことらしい。一般的に河川の汚染は海に流れ下るために短期間と言われているが、この辺一帯は湿地帯で汚染物質は拡散し長くとどまると推測される。ウトナイ湖一帯の生物に影響が及ぶと渡り鳥の中継地としての重要性に黄信号がともる。国土交通省は原因が新千歳空港の融雪剤だとは断定できないと言っているようだが、時間稼ぎをしないで真面目に調査して早く対策に取りかかって欲しい。

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2006年4月 5日 (水)

日本は中国に負けるのか?

 最近、靖国神社参拝をめぐっての中国政府と日本政府の発言が報道を賑わせている。

日中友好議員連盟など日本側友好7団体の代表団(団長・橋本龍太郎元首相)は31日午後、中国の胡錦濤国家主席と北京市内の人民大会堂で会談した。胡主席は小泉純一郎首相の靖国参拝について「A級戦犯が祭られている靖国神社を日本の指導者がこれ以上参拝しなければ、首脳会談をいつでも開く用意がある」と表明した。 この発言について、唐家セン国務委員(前外相)は会談後の代表団との夕食会で「日本の今の指導者とこれからの指導者へのメッセージだ」と指摘した。(共同通信)

 

 随分あからさまな発言で、いくら総理の靖国神社参拝に反対の私でもそれはないでしょうと思ってしまう。唐家セン氏に言われるまでもなく、日本の現在と次の指導者へのメッセージである事は分かるが、靖国神社への参拝をやめさせたいが為の行動と額面通りに受け取るわけにはいかない。本当に参拝を止めさせたいならば譲歩する側の面子を立てるやり方をしなければならないことはよく知っているはずだ。こんな言い草の中で参拝中止の行動をとると国内的にも対外的にも弱腰と映り政権のリスクは大きいから却って参拝を止めにくくなる。穿った見方をするようだが中国は日本の総理大臣が靖国神社への参拝を継続・強行することを望んでいるとすら受け取れる。それを分かった上でこうした言い方を選んでいるとしたら中国はどんな利益があり何を狙っているのか?小泉総理が靖国に拘っている間に、歴史問題という枠を離れてもっと大きな戦略的な戦いの領域に引きずり込まれつつあるのではないかと思う。

 安倍氏はテレビ朝日などの番組で「政治目的を達成するために、首脳会談をしないことを条件として出すのは間違っている」と中国側の方針を批判。「靖国以外の問題が起きた時にも『首脳会談をできない』と言われる。首脳会談をやってもらうために政治的、経済的な私たちの主張を取り下げていいのかということだ」と強調し、「政治の分野でいろんなことが起きるが、それを(経済関係に)波及させない原則を作る必要がある」と語った。

 一方、麻生氏も同日のフジテレビなどの番組で、胡氏の発言について「トップが会う必要があれば、会うのは大事なことだ」と述べ、靖国参拝自粛を首脳会談の条件にすべきではないとの認識を示した。「他国から言われて(参拝を)やめるとかやめないとなると、話が非常に込み入ってくる。国家の代表である総理大臣として、(他国に)言われれば言われるほど難しい話になっていく」とも語った。

 

 次期総理を争う安倍氏も麻生氏もいかにも迷惑そうな反応に終始している。どちらも中国側の発言を公式には批判しているようだが、自分が総理になったときの選択肢のなさに困惑している様が滲み出ている。「首脳会談をして欲しければ靖国参拝を止めろ」というばかりの露骨な態度をとってくるとは小泉総理はじめ日本側は想像していなかったように思われる。想像がついていれば参拝を取りやめるチャンスは昨年の参拝時期だったことに思い至っていたはずだ。これほど露骨な発言の後では小泉総理でなくとも靖国参拝を取りやめしにくい立場におかれるし、次の総理は参拝しないと中国に跪いたと国民になじられる。

 小泉総理が次の総理の為を考えるならば今年の靖国参拝は取りやめて、国民の批判を一身で引き受けてでも次の総理にフリーハンドの余地を残してやるくらいの度量があってしかるべきだと思うが、変人頑迷宰相にそれが出来るだろうか。次の総理は今以上に世界中の注視の中で来年の終戦記念日を迎えなければならないことになる。明らかに次期総理の参拝中止は中国の外交的勝利であると思うが、参拝強行であっても中国は構わないと考える中国の態度はどこから来ているのだろうか?

 

 まず想像に難くないのは経済関係だろう。昨日の共同通信に以下の記事があった。

 

 2005年の日本の対中直接投資(実行金額ベース)が前年比19・8%増の約65億3000万ドル(約7700億円)と、3年連続で過去最高になったことが日本貿易振興機構(ジェトロ)の分析で分かった。自動車各社の現地生産に伴う投資増が貢献、05年春の反日デモは投資面に大きく影響しなかった。

 05年の対中直接投資は全体では前年比0・5%減の約603億2500万ドルで、6年ぶりに前年を下回った。日本は香港(約179億5000万ドル)、英領バージン諸島(約90億2000万ドル)に次ぐ3位。主要国・地域の中では、香港が前年比5・5%減だったほか、韓国が17・3%減、米国が22・3%減、台湾が31・0%減だった。

 

 昨年度の対中直接投資で、主要国が軒並み減らしている中で日本だけが20%近くも伸ばしている事をどう見るか? 小泉総理は「日中関係は上手く行っている、政治は冷たくても他の分野は関係が深まっている」とうそぶくことを常としているが、果たして経済カードは日本に有利なカードなのかそれとも中国のカードなのかを冷静に評価したことがあるのか? 確かに中国経済の発展に日本の投資が貢献していることは彼らも認めている、しかし日本経済も中国なしではやっていけなくなっていることをも知っている。中国経済が日本の資本・技術・工作機械などに依存しているのは周知の事実であるが、中国にとって日本は代替可能(フランス、ドイツ等)であるが、日本にとっての中国は当分は代替不可能である。その弱みを日本政府も知らないわけではないのでインドを重視し始めているが、急いでも中国にインドカードとして使えるようになるまでには相当時間がかかるだろう。

 経済界は政治関係が悪い中でフランスカードやドイツカードをちらつかされて苦労している。まして共産党独裁の国だから法律だって一夜にして変えられてしまう可能性だってある。政治的なリスクは経済的なリスクに直結していると考えるべきで、しょっちゅう日本から政治家や財界が訪中して共産党詣でをしているのは経済界の危機感が反映されているからと考えて間違いないだろう。

 小泉総理には匙を投げた経済界も次期総理には中韓との関係改善を迫る圧力を強めるだろう。そんな中で次期総理が靖国参拝を中止したのでは中韓の圧力に屈したという印象を世界に与える事態となってしまう。靖国参拝に対して中韓がクレームをつけることを取りやめる見通しはないものと私は思う。「進むも地獄、退くも地獄」の状況を作り出した責任は小泉総理にあるのだから自分の任期中にその片をつけて去るのが日本の宰相としての責任と考える。今年の参拝は取りやめて、屈辱は自分が背負って去り、次の総理に靖国の負担を負わせないのが国益に適うと思うが…。

 

 もう一つは東シナ海のガス田開発から領土問題、エネルギー問題そして軍事問題について次に考えてみたい。

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2006年4月 1日 (土)

遺書のリークは何のため?

 今朝(3/31)の読売新聞の一面トップは自殺した上海総領事館員の遺書を入手したという記事でした。驚いたのは内容ではなく、「今更何で…?」と思ったからです。
 週刊誌等の報道ですでに書かれていたような内容で、内容的には目新しいところはほとんど無かったように思います。まずは軽い話から入り徐々に抜き差し ならない関係に持って行く等の映画や小説のスパイ物を地でいくような話ではありましたが、それでも何故死を選ばなければならなくなるまで追い込まれて行っ たのかが理解出来ませんでした。いくらでも蟻地獄から抜け出すチャンスも方法もありそうに思うのだけれど、行使していない。機密情報を漏らしたのであれば帰国して からも日本当局から責められるだろうが、遺書では否定されているので、そうならばなおさら死を選ぶ必要はなかったと思うのだが。
 時を同じくして永田メール問題で本人と前原代表等の執行部全員が辞職することが伝えられているが、この遺書は「ガセ」との話もでず、外務省からの否定の話も出ていない。鈴木宗男事件のように外務省からのリークと言うことなのか。それにしても、誰がどんな意図を持ってこの遺書をリークしたのか?
 外務省は公式には遺書の内容については伏せているので、リークは自殺した領事館員の家族か外務省内部の人間と言うことになるが、家族は内容的に決して名誉な話ではないのでリークする動機が思いつかないし、そもそもリークという手段ではなく公開すればよい。とすると、外務省内部の人間と言うことになるが意図が分からない。外務省の誰か(たとえばチャイナスクールと言われる人達〉を攻撃していると言う ことなのか、それとも親中国派と言われる政治家たちをか?そういえば、時あたかも村岡氏の無罪判決で注目されている橋本元総理達が中国で胡錦涛と会っている ね。一般的に反中国感情を煽るためとも考えられるが、どちらにしてもあまりはっきりしないし有効でもなさそうだ。

 安倍官房長官は31日午前の記者会見で「我が方の調査の結果、自殺の直接の原因は、現地の中国側公安当局関係者による、非情な脅迫、恫喝(どうかつ)、それに類する行為があった」と指摘した上で、中国側に対し、「厳重な抗議をし、事実関係の究明を求めてきている」と述べた。 また、「(自殺した)館員は脅迫に屈するべきではないと判断し、国のために命をかけたと思う」と述べ、中国側が自殺への関与を否定していることについては、「遺憾だ」と語った。(読売新聞〉

 遺書を読んだ限りでは安部官房長官のような感想は持ちにくいと思う。国家としての抗議はあくまで建前でしかあり得ない、どの国家もその位はしているという現実があるはず。亡くなった方には失礼だが麻生外相の発言が精々のところだと思う。
「いわゆる公安当局による恫喝みたいな話が行われていた。その一端が出てきたということだと思う」とし、「(中国に)厳重に抗議する」と強調。また、「誘いは常について回るもので、中国に限った話ではないかもしれない。そういうことがあった時は、上司に報告した方がいい。後々問題を拡大させたり、深みにはまったりさせないのが、大事なことだ」と述べた。( 読売新聞)

 遺書のリークの真意は不明ですが、決して故人の名誉になることではない物と私には思えました。だから公明正大な意図によるものとは思えないのですがどうだろうか?

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2006年3月30日 (木)

村岡氏無罪で済まされるのか?

 今日、日歯連の一億円献金疑惑で起訴されていた村岡氏に無罪判決が言い渡された。
 この裁判は、はじめから一億円の小切手を受け取った本人の橋本元総理と、同席した野中・青木両氏が起訴猶予だったり不起訴だったのに、元会長代理とはいえ実権がなさそうな村岡氏が起訴されるという不自然さを記憶している。

 検察側は「02年3月に開かれた派閥幹部会で、村岡被告が、日歯側から要請のあった領収書を出さないと決定した」と主張。派閥幹部会には、村岡被告のほか、青木幹雄・自民党参院議員会長(71)、野中広務・元同党幹事長(80)、上杉光弘元自治相(63)も出席し、村岡被告が意見を取りまとめたとしていた。これに対し、村岡被告は一貫して無罪を主張していた。(読売新聞)

 ライブドア事件にたとえて言えば、粉飾決算を相談した堀江と宮内が不起訴で「じゃーそういうことにしましょうか」と発言した経理部長が起訴されたようなものだろうか。起訴自体がおかしな構図に基づいていると思うように裁判長も判決で以下のように述べたという。
元会計責任者の証言について「疑問な点が少なくなく、到底信用できない」と述べた。

 常識的に考えて有罪判決が出たとしたらおかしな構図だと思うので判決には納得がいく。しかし本当にそれでよいのか?結局はこの疑惑では誰も処罰されなかったと言うことになるのではないか。検察は橋本元総理の政界引退で手を打ったと言うことなのか。一番怪しい橋本・野中・青木は訴追せず、一番責任がなさそうな村岡氏を起訴し、結局は無罪放免することでみんな「ハッピィ」だとしたら、国民こそ「良いツラの皮」だ。
 自民党も無傷だし、こんな筋書きを誰が考えたのだろうか?司法権が独立していると見るべきなのか、三権がつるんで国民を誑かしていると見るべきなのか?

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2006年3月 4日 (土)

甲子園に喫煙チェックでも導入するか?

 「駒大苫小牧高3年生野球部員ら14人、飲酒・喫煙で補導」との報が突然昨日もたらされた。まさかと言うよりはどうしてという思いが強かった。昨年、夏の大会2連覇達成後に明らかになった暴力事件であれ程苦しめられたのに何故?!と言う思いでした。今回は二度目だから処分は逃れられないと思っていたところ、昨夕には「選抜辞退」、併せて校長、野球部監督、野球部部長とが辞任を表明する事態となりました。

 張本氏のように「飲酒も喫煙も大したこと無い」との意見を吐く人は少数派と思いますが、飲酒も喫煙も高校生の間に浸透していると言うことは事実だろう。私の兄も高校時代は運動部で下宿生活だったので飲酒も喫煙もしていたようで、机の引き出しにたばこを隠し持っていたのを親父に見つけられてシコタマ怒られていたのを思い出します。卒業式直後に通報されるほど居酒屋で騒いだというのだから今日が初めてというわけでは無かろうし、もう無関係という開放感もあったのだろうか?アスリートとしては喫煙は無謀というのは常識だと思うが、そこまでの覚悟がなければ生き残っていけない世界というのでもなければイタズラが習慣にまでなることは想像に易い。青春真っ盛りの子供達が集団で生活しているのだから大人の真似をしてみる誘惑から自由であることは無理という物だ。悪習に染まらないことを教育と自制心に求めるとしても、大人の世界は「見つからなければ犯罪ではない」という思想が大手を振ってまかり通っている世界なのだから如何にも頼りない。逆に卒業という、建前での生活を強いられていたことからの開放が羽目を外させたのかもしれない。

 私も今回の対応は仕方がないと思っている一人ですが、それにしても飲酒や喫煙がそんなに悪いことなのだろうかと考えてしまう。酒も殆ど飲まないしタバコもやらない私であっても悪いことだとは思っていない。酒も飲みタバコも吸いそのほかの悪習もやっている大人が未成年だと言うだけで、しかも選手でもなくなった人のやったことで選抜出場を許さないなどと罰を与えることが出来る正当性とは何だろうか?騒いだ当人達はどんな罰を受けるのだろうか、出場をたたれた選手達の受けた罰と釣り合いがとれる物なのか。酒を出した居酒屋はどんな罰を受け、タバコを売った商店はどんな罰を受け、タバコを生産した会社はどんな罰を受けるのか。未成年に喫煙を国家が禁止したなら、それが未成年の手に渡らないようにどんな手を打っているのか。どうも処罰する側に道理がないように思ってしまうのだが、どうだろうか。

 処罰する側の道理はひとまず置いておくとして、罰を受ける生徒達のことをどうしたものだろうか?
 卒業生やベンチ入りしない生徒はお咎め無しとして、甲子園出場選手は全員喫煙チェックをすると言うことでどうだろうか。飲酒チェックはまさか酒を飲んで試合に来る剛の者もいないだろうから諦めるとして、慌てて歯医者で脂取りをしても肺の中までは掃除できないからチェックできるだろう。それでこそ初めて罪を犯した人と罰を受ける人とが一致するのであり、甲子園には喫煙者は一人もいないと胸を張って宣言できるのではないか。喫煙が悪いというならそこまでしなければ嘘だ、罪を連帯責任の名で他人に負わせるのは法理的にも道徳的にも正しくないのではないか。教育的処置には大人の世界の腐臭がプンプン臭う。

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