左図は週刊東洋経済の9月12日号から引用しています。
数日前からテレビでは民主党政権の閣僚の話で持ちきりです。昨夜のニュースなんかを見ていても、選挙報道の当確のような過熱ぶりで、どこまで確かなのかは分かりませんがそんなに熱くならなくても良いように思っています。選挙の時も家内などは明け方まで報道に一喜一憂しているので熱心に報道する姿勢も分からないではないのですが、私は「明日の朝にははっきりしているんだから・・・」と早々に布団に入る方なので、閣僚だって明日か明後日にははっきりしているわけで「焦ることはないのに・・・」と冷ややかに眺めています。
昨日のHBCの番組で「子供手当」に対する道民の意識調査(というよりはコメントを集めたもの)の結果が報道されていました。当然反対意見もあるだろうが賛成意見の方が多いだろうと思っていたのですが、なんと反対意見の方が6割近くを占めていました。道民の6割が反対していると言うよりも、意見を伝えてきた人の6割が「子供手当」も定額給付金と同じバラマキでは?と疑っているようです。健全と言えば健全ですが、変化に対して鈍感と言えなくもないと思います。警戒心と言った方が良いのかもしれませんが・・・。
出産時一時金55万円に始まり、空き教室を活用した保育待機児童解消策、中学卒業まで年31万2千円の子供手当、高校授業料の無償化、大学生対象の奨学金拡充との政策を俯瞰するならば、成人するまで育て上げるために社会も責任を負うと言うことを宣言したものと捉えることが出来ます。 「そんなに良くして貰って大丈夫だろうか?」と疑うあなたは健全です。今まで一貫して大企業には暖かくても市民生活には冷たい政府でしたから・・・。「何か裏があるのでは・・・?」と疑うのももっともです。道路や空港やダムにつぎ込む金はあっても医療や教育につぎ込む金はないと言い続けてきたのが政府でしたから。 これからは変わるのです。変わって貰わなければ困るのです。だから政権交代を選択したのでしょう。
政府のやることに警戒心はないよりはあった方が良いと思います。しかしその警戒心につけ込んで改革の方向をねじ曲げようとする勢力もあると言うことは知っておいた方が良いでしょう。「改革したらこんな不都合が出る!」と声高に叫ぶ人たちが必ず出てきます。「誰のどんな利益を主張しているのか?」と、よーく考えましょう。
例えば、こんな記事です。
「高校の授業料無償化、間接給付で決着か」
民主党がマニフェスト(政権公約)の柱に掲げる「高校授業料の実質無償化」について、文部科学省は、対象となる約330万人分の授業料を都道府県などを通じ交付する「間接方式」とすることで民主党側と調整に入った。
民主党は当初各世帯に直接給付する方針だったが、多額の事務経費が必要な上、授業料に充当される保証がないなどの問題があり、党内でも間接方式を推す声が強まっている。同省は、現在授業料を減免されている低所得世帯に向けた給付型奨学金の創設も提案する。
民主党のマニフェストは、公私立双方の高校生を対象に公立の授業料の年額相当分(12万円)を支給、私立高生で年収500万円以下の世帯に年24万円を上限に支援するもの。年間4500億円を要する見込み。
実現方法について文科省では、公私立を問わず都道府県や政令市を通じた間接給付とし、具体的には、使途を限定した特定財源とするか、授業料を徴収しないことを法律に明記した「教育交付金」などの地方交付税とする方法をあげている。
最終的には都道府県の授業料予算に充当されたり、学校法人に交付されたりすることになりそうだ。
これまでの民主党案では、保護者からの申請に基づき、市町村が年3回に分け各家庭に直接給付することになっていた。しかし同省で検討した結果、多数の高校生の在学証明の提出が必要になるなど手続きを行う自治体の負担が大きく、事務経費も推計で数百億円にのぼることが分かった。
また、授業料滞納者が公立私立計1万7000人(2008年度)にのぼる実態もあることから、支給分が全額授業料に充当される制度が必要としている。
民主党内でも、こうしたデメリットを指摘する声があり、「必ずしも直接給付にこだわらない」(教育政策担当幹部)として間接給付を本格的に検討する。
一方、私立高の場合、授業料の年平均は約33万円のため全額賄うことができないケースも出る。このため同省は、授業料引き下げに充てる私学助成金の増額なども検討している。
高校生のうち約22万4000人については都道府県などの判断で授業料が減免されているが、同省は、こうした生徒らについては、返済義務がなく授業料以外の用途にも使える「給付型奨学金」の創設が必要とする提案を行う方針。
(2009年9月14日03時06分 読売新聞)
文科省は地方自治体の事務手続きが大変だとか、授業料が確実に納入されない等と心配してくれています。 余計なお世話だと言いたいところですが、要は文科省が予算配分を行いたいと言うことであり、未収金も確実に学校側に回るようにしたいと言うことだね。まるで高校授業料の無償化は学校経営の補助の為になされるみたいに考えているのではないか?
このあたりは役人も巧妙だし、金はいずれ学校に回るから同じと考える人が多くても不思議はない。しかしちょっと視点を変えてみると受け入れがたいものに見えてくる。子供手当と高校無償化と違っているようで一本通っている筋があるのです。
何度かフリースクールなどの会合に出ていて良く思うのですが、生徒の保護者もフリースクール側も金の話しには遠慮深い。たとえ道教委の人間がパネラーとして同席していてもその話を持ち出すのははばかられるとの雰囲気がある。東洋経済新報社の試算では公立小中学校では一人あたり76万円の税金が支出されているのにフリースクール等で学んでいる人たちは全部自腹だ。当然納税者として文句の一つも言っていいはずだし、せっかく道教委の人間がそこにいるのに・・・そこが不思議なところで、「補助を何とか」という話しになりがちだ。
日本人は義務教育は公教育が普通なので国や自治体が器と先生とを用意してそこに通うのが当然だと信じて疑わない人が大部分だが、「どうしてこの学校でなければ駄目なのか?」と悩んでいる人も家族も多いと言うことが明らかになっている。例えば教育バウチャーなんて言う考え方もある。教育再生会議では教師や学校間の競争と選別の為に持ち出されたために印象が良くないのだけれど、バウチャー制度そのものはミルトン・フリードマンも主張するように市民の自由を大事にすると言う至極まっとうな考え方に基づいている。 バウチャー制度であれば一人あたり76万円の税金は生徒がしょって(背負って)歩くことになり、自由が丘学園に通いたいとなれば76万円はこの学園に納められることになる。勿論、この学園が公的な基準で一定の基準を満たしていることは必要だが、必要なのはその基準だけで子供の教育を受ける権利とどこで教育を受けるかの自由は保障されることになる。自殺するほど嫌な学校に縛られることもない。
私は、市民への直接給付が明治維新以降の「良き兵士(戦後は良き企業戦士だったかもしれない)」を作るための公教育から、「民主主義社会の良き市民」を育てる教育へと変わっていく第一歩になると期待している。 だから市民への直接給付ではなく文科省を通した間接給付でも良いではないかと言う議論には反対する。
もう一度言います。間接給付には反対です!
追記
高速道路無料化に関して言いたいことはButch隊長の 『道新』コラム「探知機」の(両断)を一刀両断 が詳しく語ってくれています。