「ハロー、僕は生きてるよ。」
高遠菜穂子さんのブログでカーシム・トゥルキさんの本が紹介されていたので早速読んでみました。イラクのファルージャやラマディでどんなことが行われていたのかがよく分かりますが、何より響くのは彼や高遠さんたちの心の方。私にはうまく言えません。一部を引用させてもらいます。是非手にとって全体を味わってもらえたらと思います。
平和な両手と心をもつことナホコと意見交換を始めたころ、僕は独特の文化や兵士としての思考で、心に壁をつくっていたと思う。「平和」について話すということ自体、世界を牛耳るアメリカのやり方だとさえ思っていたのだ。そのイメージが先行していたから、ナホコの話を聞いても無視していた。僕は人々を救う方法としての武力の必要性をひたすら彼女に説いた。そうして、僕たちの会話はいつも「怒れるイラク人」と「悲しむ日本人」となって終わるのだった。
僕は「人々を助けなきゃ」、「だからこそ戦わなくちゃ」という強い思いがあった。今思えば、なんて自分勝手だったのだろうと思う。だって、僕は人々に「どうやったらあなたたちを助けられますか?」とは、一度も聞いていなかったのだから!
ナホコはファルージャとラマディの病院を訪ね、人々に何が必要かを聞いて回っていた。そして、医薬品や医療品を苦しんでいる人々のために病院に運んでいた。
時が経つにつれ、彼女の「平和の論理」が、僕の兵士としてのマインドの中で大きくなっていった。彼女は医者に医薬品の箱を手渡し、医者はすぐさまそれを開けて薬を取りだし、呼吸困難に陥っている小さな子どもの処置にあたった。危篤状態にあった子どもは、その後容体が安定し輝きだしたのだ。これが彼女の「平和」の論理だ。
そう、こんなこともあった。2003年の戦争中、親友でもある戦友が負傷した。僕は銃を放り投げて彼に駆けより、出血している足をくっつけた。応急処置を施した後、彼を安全な壕の中に運んだ。重要なのは、もし僕が銃を手放さず戦い続けていたら、まちがいなく彼は出血多量で死んだろうという点だ。死にゆく彼を傍観し、彼のために報復をするのだと言って戦っていたら、彼を助けたとは言えない…。危機的状況において応急処置を施さないというのは、なんと罪深いことだろうか。
ナホコは子どもたちが必要としている緊急支援をしていた。僕は彼らが死んだ後の報復ばかり考えていた。僕と彼女、どちらが間違っているのだろう?この点において、僕がどれほど自分勝手で、どれほど「支援」と「平和」の意味を誤解していたかを知ることになった。
僕は、人々を支援するために両手を空けておかなければならない。僕の両手はいつも「平和」にしておかなければならない。僕の手も心も、銃で多忙にしておくべきではないのだ。ナホコは僕に人々のために役立つ人間になる方法を教えてくれた。これは僕にとって初めて、平和な両手と心が人々を真に助けるということを信じられるきっかけになったのだった。
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