2009年11月17日 (火)

これを機会に、捜査の全面可視化をやりましょう!

 沖縄でのひき逃げ事件ですが、弁護人は今後「任意聴取に協力しない」と言っています。

 沖縄県読谷村で外間政和さん(66)が車にひき逃げされ死亡した事件で、県警から任意の事情聴取を受けている米陸軍2等軍曹(27)の弁護人は17日、今後は任意聴取に協力しないことを明らかにした。
 弁護人は、県警が米兵を「参考人」としながらも、聴取で犯罪内容について聞くなど容疑者扱いしていると指摘。「犯罪内容について聞く際に必要とされる供述拒否権と弁護人選任権の説明もない」とした。
 同日も県警から米兵の任意の聴取を求められたが、米軍を通して断ったといい、今後、容疑者として取り調べる場合にも、様子を録画するなど可視化が行われない限り、供述拒否権を行使するとしている。
 中井洽国家公安委員長は同日午前の衆院安全保障委員会で「11~13日は県警嘉手納署の出頭要請に応じた被疑者を取り調べた。14日から3日間にわたり出頭要請したが、出頭していない」と明らかにした。(2009/11/17-16:52)時事通信

 飲酒運転の疑いが強いと言うことで、日本人相手であれば有無を言わさず逮捕して「吐かせる」ところでしょうが、アメリカ兵相手では日本の常識は通用しないと言うことでしょうか。「通訳の英語が分からない」と言っていたとも聞いていますが、通訳の英語が下手なのかそれとも、この米兵が英語にネイティブでないのか?

 任意の事情聴取には応じていたので、米軍側も本人も一応協力の姿勢は見せていたのですが非協力に転じたと言うことです。 「容疑者扱いが我慢ならん」と言うことのようですが、まさか日本警察は証拠を突きつけずに自白を得ようとしているなんて事はないでしょうね。被害者があの車にはねられたことに加え、当時あの車を運転していたのがこの米兵以外ではあり得ないこと位は証拠をそろえなければ「容疑者」扱いしてもらっては困ると言うことですね。

 「盗っ人猛々しい」と思いがちですが、多くの冤罪捜査を観てきた私達としては警察にしっかりしてもらいたい。在日米軍としてもアメリカ市民を日本人並みの人権無視の捜査に晒すわけにはいかないと言うのでしょうね。 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~ 
ここはアメリカに怒るよりも、日本の捜査常識の方を怒るべきでしょう!angry

 良いじゃないですか。これを機会に捜査の全面録画やっていただきましょう!アメリカ市民に対しては全面録音録画で応じる。では、日本人に対しては何故それが出来ないというのですか?---と言うことで良いきっかけになります。こんな外圧なら歓迎です。

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2009年10月22日 (木)

飯塚事件の再調査はどうした?

 宇都宮地裁で足利事件の再審が始まった。

 この日、じっと法廷でのやりとりに耳を傾けていた菅家さんが、突然、発言を求めたのは公判終了間際。佐藤正信裁判長が、当時の取り調べ検事の証人尋問に触れないまま閉廷を告げた時、手を挙げ、裁判長が許可する間もなく立ち上がった。「(当時の)検事を出廷させて下さい」。強く訴える菅家さんに、佐藤裁判長は少し驚いた表情を見せ、「意見として記録します」と答えて閉廷した。
(2009年10月22日01時39分 読売新聞)

 菅家さんは取り調べた警察や検察への怒りが激しい余り、裁判所への批判が二の次になりがちであるが、弁護団が睨んでいるように、より本質的には裁判所の問題の方が大きい。

 警察や検察が無実の人を罪人に仕立て上げがちなことは古今東西常識である。だから裁判所は検察が犯罪を100パーセント完璧に立証できているかどうかを検証するのが近代司法の役割であるにもかかわらず検察の提示する自白なるものを鵜呑みにして、立証の瑕疵を繕うことに汲々として今なお冤罪事件を続出し続けている。

 裁判所がまともであれば、とっくに取り調べは可視化され、代用監獄問題も改められていたはずである。捜査機関が自白を最高の証拠と考え続けてきた責任の大半は自白を鵜呑みにする裁判所があったればこそである。そうした司法の存在こそが捜査機関をして、自白しない人間を延々と拘留し続け、日夜取り調べを続け、その人権無視の非人間的な取り調べ手法を外部に漏れないように可視化を拒み続けさせた当のものである。

 菅家さんが取材に応じている姿を見る度に思うのですが、「生きていて本当に良かった!」とつくずく思うのです。「死刑囚」ではなく「無期懲役」であったから冤罪を晴らすことが出来る。飯塚事件の久間三千年死刑囚はもはや声を上げることすら出来ないのです。 何故足利事件が再審になったのに飯塚事件は死刑執行を急がれたのか? 民主党の法務委員会も昨年、弁護士から事情を聞いているはずだが、政権党になってからも何をやっているのかが見えてこない。ちゃんとやってくれているのだろうか?民主党政権には金の節約だけを期待しているわけではないのです。 このままでは本当に「死人に口なし」になってしまう。

参考
10月5日、人権の世界標準を知ろう~セミナー「拷問等禁止条約選択議定書と国内人権機関の役割」

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2009年10月 9日 (金)

まずは「死刑執行停止」と飯塚事件の死刑執行再調査を!

 実は先日、死刑制度に反対する声明に署名を致しました。その報告が届いていますので転載します。

【ご報告】

「千葉景子新法相に、死刑執行の停止を強く要求する市民の共同声明」運動の経過と結果について

       共同声明運動事務局 奥田恭子・加賀谷いそみ・井上澄夫・廣崎リュウ
   2009年10月6日
                        
「千葉景子新法相に、死刑執行の停止を強く要求する市民の共同声明」への賛同の呼びかけにご賛同下さったみなさん! そして運動の呼びかけ人になって下さったみなさん!

 日本全国と海外から寄せられたご賛同は、賛同の締め切り期限(10月4日)を1日過ぎた10月5日現在、830件に達しました。そのうち、個人賛同は786件、団体賛同は44件です。賛同の表明は文字通り、全国47都道府県から寄せられ、さらにフランス、ドイツ、イギリス、米国、タイなど海外在住の方からも届きました。賛同表明をお寄せ下さったすべてのみなさまに、深い感謝をこめて、厚く御礼申し上げます。

 「市民の共同声明」はすべてのみなさんのお名前および団体名とともに、法務省と首相官邸に送られました。その際、お一人おひとりのおおまかな住所や肩書きあるいは職業、そして団体の所在地を記しました。同省と官邸からは当事務局に受領の通知が届きました。


《運動の経過》
・この運動は8月30日衆院選の2週間前に準備が始まりました。運動の事務局を担当した「死刑廃止を求める市民の声」(略称「市民の声」)はこれまで、歴代法相による死刑執行への抗議などを続けてきましたが、8月30日衆院選が大きな政治の変化を生むと予感し、新しい法務大臣に「死刑執行の停止」を強く要求しようと考えました。

・そのために、「市民の声」単独ではなく、全国各地の多様な立場の人びとによる〈共同の呼びかけ〉によって運動を広げようと考え、アピールの冒頭に列記したように、51名の方がたによる〈共同の呼びかけ〉が実現しました。

・衆院選の結果、ご存知のように、鳩山連立政権が発足し、新法務大臣には千葉景子氏が就任しました。そこで私たちは、新政権成立の翌日、9月17日午前1時に〈共同の呼びかけ〉を全国に発信しました。

・反響は実に爆発的でした。連日、賛同表明が、次々に寄せられました。寄せられたご賛同は冒頭記したように830件です。


《爆発的な反響の意味について》
 今回の反響の大きさは、私たちがかつて経験したことのないものでした。それは何より、衆院選の結果、「政権交代」が実現したことによると思います。多くの人がこの「政権交代」によって「今こそ声をあげる好機」と感じたのではないでしょうか。

1993年の後藤田正晴法相による死刑執行再開以来、「国家による殺人」が続いてきました。長勢甚遠法相は10人の死刑を執行し、「ベルトコンベアー式」の自動執行を主張した鳩山邦夫法相は在任中、ほぼ隔月に13人の死刑を強行しました。死刑執行の停止や死刑廃止が世界の大勢になっているのに、日本では死刑執行が激増していました。

 その一方で、足利事件で無期懲役に服せられていた菅谷利和さんの無実が明らかになり、菅谷さんが釈放されて、再審が決まりました。刑事事件で冤罪(えんざい)が生まれることが改めて白日の下にさらされ、死刑執行への疑問が幅広く世論に共有されるようになってきました。また、民間から抽出される市民が場合によっては死刑判決を下す判断を迫られる「裁判員制度」が動き出し、同制度への疑問も高まっています。

 〈共同の呼びかけ〉に「爆発的な反響」が生まれた背景はおよそ以上のようなことだったと思います。賛同者で一番多かったのは、初めて死刑反対の声をあげた人たちでした。言うまでなく、これまで死刑廃止運動を支えてこられた方がたも多数賛同されました。

 今回の運動の特徴は、呼びかけが無数の自主的な協力によって広まったことです。ネットやFAXでアピールが転送・転載され、ブログやホームページでの紹介で、〈共同の呼びかけ〉が広がっていきました。ご協力下さったみなさんに厚く御礼申し上げます。


《今後の運動について》
 私たちの思いは千葉法相に届けられました。しかし千葉法相が死刑執行について「慎重に判断する」とのべていることを非難するマスメディアが執行存続を求める世論を煽っています。それを背景に法務省高官が千葉法相に対し死刑執行命令書に署名するよう圧力をかけているだろうことは想像にかたくありません。

 民主党が本年7月17日にまとめた政策集『INDEX2009』は、「『終身刑』の検討を含む刑罰の見直し」と題する項目をもうけ、「死刑存廃の国民的議論を行うとともに、終身刑を検討、仮釈放制度の客観化・透明化をはかります。(中略)国際的な動向にも注視しながら死刑の存廃問題だけでなく当面の執行停止や死刑の告知、執行方法などをも含めて国会内外で幅広く議論を継続していきます。」と記していましたが、その10日後、7月27日に公表された同党『マニフェスト』ではその部分は削除されました。

 世界人権宣言(1948年)はその第3条で「すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する」と規定しています。しかし1989年に国連総会で採択された国連死刑廃止条約を日本は批准していません。自由民権運動の理論家だった植木枝盛(うえき・えもり)による「東洋大日本国国憲案」はその45条で「日本の人民は何らの罪ありと雖(いえど)も生命を奪はれざるべし」と明確に規定したのですが、その先駆的な主張は今もって実現していません。

 法務省は世論の8割が支持していることを死刑制度存置の理由としていますが、EU(欧州連合)は日本政府に対し「死刑廃止の是非は、世論調査によって決めるべき問題ではありません。死刑制度の廃止は、国家としての主義の問題です。ひとつの社会を統括する政府には、この問題に関する議論の舵取りを行う責任があります。根強い偏見に賛同したり、死刑執行にまつわる秘密主義を助長したりすべきではありません。」と勧告しています。

 死刑執行をめぐる状況はまったく楽観を許すものではありません。この国では人権思想の定着になお時間を要すると思われます。しかし〈共同の呼びかけ〉への大きな反響に励まされ、私たちはみなさんとともに努力を続けようと思います。「国家による殺人」を停止させ、死刑制度を廃止するため、どうか、ともに歩んで下さい。ご賛同に重ねて深く感謝しつつ、報告を終わらせていただきます。


 千葉景子法相は元々死刑制度廃止論者で「死刑廃止を推進する議員連盟」の会員でもあります(法相就任後離脱)。ついでに言えば亀井金融相は会長であり、確か鳩山総理も会員であったりもします。法相になったとはいえ一議員の責任で執行を止め続けることはしんどいことであり制度上も好ましいことではないように思いますので、まずは「死刑執行停止法案」を成立させて欲しいところです。

 もう一つ忘れて欲しくないのは飯塚事件で犯人とされた久間三千年死刑囚の死刑執行を急いだ法務省の判断の再調査です。足利事件の菅谷さんの冤罪が話題になっていますが、同様のDNA型鑑定で真犯人とされ、もう一つの足利事件として取りざたされるようになったのですから、常識的に考えれば再審相当でしょう。それを議論がわき起こりつつある最中の昨年10月28日に突如死刑執行してしまったのですから如何にも不自然です。警察、検察、裁判所の汚点を消し去るために人一人の命を奪う事を急いだとしたら許される事ではない。

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2009年8月24日 (月)

復讐ではない方へ

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 8月は何かと戦争にまつわる話しが多いのですが、昨日の読売新聞朝刊にはソ連兵に暴行されて身ごもった女性達の中絶手術を厚生省が組織して実行した時に携わった看護婦の記事が載せられていた。 また、同じ紙面に小さくですがベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件で唯一有罪判決を受けたカリー元中尉の記事も載っていた。

 【ニューヨーク=吉形祐司】ベトナム戦争中の1968年、米兵が南ベトナム(当時)の一般住民500人以上を殺害した「ソンミ村事件」で、ただ一人有罪となった米陸軍元中尉のウィリアム・カリー氏(66)が仮釈放後初めて、ジョージア州コロンバスの小集会で当時を語り、「41年後の謝罪」をした。

 21日、米メディアが報じた。

 カリー氏は19日、友人の招きに応じ、約50人が参加した奉仕活動団体の昼食会に出席。冒頭、「良心の呵責(かしゃく)を感じない日は一日もなかった。殺されたベトナム人とその家族、巻き込まれた米国人とその家族に対し、良心の呵責を感じている。申し訳ない」と述べた。

 米メディアが事件を暴露した後の70年、カリー氏ら14人が訴追された。同氏は軍事裁判で「上官の命令に従っただけ」と主張したが終身刑となり、上官は無罪だった。ニクソン大統領が減刑し、3年半で仮釈放されて以来、カリー氏はマスコミの取材に応じていなかった。なぜ41年後の今、重い口を開いたのかは不明だ。
(2009年8月22日21時52分 読売新聞)


 カリー元中尉が「良心の呵責を感じない日は一日もなかった」と語ったのを聞いて私はホッとしたものを感じました。そして今日の朝刊には続報が・・・。
 【バンコク=田原徳容】ベトナム戦争中の1968年に米兵が一般住民500人以上を殺害したソンミ村事件で、有罪となったウィリアム・カリー米陸軍元中尉(66)が41年ぶりに謝罪したことを受け、同村で生き残ったパン・タン・コンさん(51)が23日、本紙の電話取材に応じ、「謝罪はないと思っていた。あまりにも遅く驚いたが、犠牲者を代表して受け入れたい」と語った。

 パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。

 現在、同村の記念公園博物館の館長を務め、犠牲者の追悼を続ける。パンさんは「カリー氏にはベトナムに来て、当時とその後40年の思いを語ってほしい」と述べ、同氏がベトナムと米国の友好関係のシンボルとなることに期待を寄せた。
(2009年8月24日03時07分 読売新聞)


 これらの記事を読んでいて被害を被った側が癒されるというのはどういう時なのかなと考えさせられました。謝罪すると言うことは勿論なのですが、その謝罪が被害者の苦しみや悲しみにまで至った上でのものかどうかが大事なんだと思いました。加害者が被害者の感情に同化したときに出てくる謝罪が真の謝罪だと思えます。

 最初の記事の被害者達はおそらく思い出さないことによって生きていったのではと想像されるのですが、被害者の苦しみが戦争中の正気を失った兵士ではなく、正気を取り戻した平時の元兵士達に伝えられ、それこそ「良心の呵責を感じない日は一日もなかった」と言うような話しになり、それが被害者達の耳に届いたなら、随分苦痛は違ったものになったと思う。ソ連に限らず、日本にもアメリカにも戦争時の被害感情の修復を必要とされている事項がまだまだ残されているのではないかと思う。反戦平和の思想は被害者の側からだけではなく加害者側からも、そして双方から出てこなければ確固たるものにはなり得ないのではないかと思う。例えば、南京大虐殺は日本人が、広島・長崎はアメリカ人がとりわけ直視しなければならない事項だと思う。

 ちょっと話が変わりますが、裁判への被害者参加制度に関して・・・。犯罪被害者が法廷に出席する意義は加害者に自分の罪の深さを認識させ、反省と更正を促すところにあると思うのです。検察と一緒になって重罰化を叫ぶという現在の有り様は広島・長崎の思想ではなく「リメンバー・パール・ハーバー」の思想なんだろうなと思いました。

まとまりのない文章で申し訳ありません。ハイ

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2009年8月 7日 (金)

裁判員裁判で初の判決がありました。

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 裁判員制度による初めての裁判の判決が言い渡されました。懲役15年という実刑判決で、ほぼ検察側の主張が100パーセント通ったとの印象です。

 私は現行の裁判員制度には反対ですが、今日は幾つか印象に残ったことを書きます。

① 連日マスコミ報道がなされていました。司法制度の重大な変更でもあり市民の関心も高いことから報道することは理に適っていますが、二千数百人が傍聴席を求めて並んだという割に各放送局のスタッフが連日傍聴出来ているのが不思議でした。アルバイトを動員して引き当てたのだと思いますが、まさか裁判所が報道に配慮したなんてことは無いでしょうね。--報道機関の重要性は分かるのですが、裁判所が報道を優遇し、報道がそれを当然視すると言うことは馴れ合いで危険なことです。

② 被害者親族が検察側で質問したり証言したりすると言うことが、余りよいことだとは思えなかった。事実関係事態は争ってはいないのですが、殺意のあるなしや軽重を争うと被害者親族は「反省していない」と受け取り、それが裁判員にも伝染し、重罰化する傾向が認められそうだ。--検察側が被害者親族の感情を利用することによって不十分な立証でも有罪に出来る素地をつくってしまっているように感じる。被告側に不利だし冤罪を招く恐れも強い。

③ 裁判員が記者会見に応じたこと。これは意外なことでした。一つは裁判所が認めないと思っていたのに・・・、もう一つは裁判員個人が顔をさらしたがらないだろうと思っていたからですが、あっけなく実現していました。これなら個人攻撃にならない範囲でならば評議内容への言及も認めても良いのでは・・・と思いました。

④ 刑事裁判が加害者への断罪の場になってしまう事への懸念はありますが、市民は想像以上に早く裁判に馴染んでいくかもしれない。関心が民事裁判への進出へと向かう可能性に期待したい。

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2009年7月21日 (火)

上田誠吉弁護士追悼

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 上田誠吉弁護士を追悼する記事が昨日(20日)の読売新聞に載っていた。松川事件、メーデー事件、白鳥事件などに携わってきた人だという。1948年に卒業し、1950年に弁護士登録をしたと言うのだが、父親は特高警察であったというのだから、戦争に対する批判に加えて自分の出自に対する負い目がその後の弁護活動における対国家権力への不信を常人よりも強固なものにしたのではないかと私は想像するのだが、さて・・・?

 この記事を見ていると複雑な思いにとらわれるのです。どれも政治的な背景の濃い事件で、そもそも捜査が政治的に行われた疑いがきわめて強い事件ばかりですが、少なくとも白鳥事件は検察の筋書きが真実に近いと知っている。---如何にも断定的に言ってしまいましたが、信頼できる人たちから直接聞いたのだから確かなのです。(キッパリ)--- 上田誠吉弁護士は国民を戦争に動員した国家権力に対する不信が高じて、共産党の方を信頼できると信じて果敢に戦ったと思うのですが、こと白鳥事件に関しては共産党に騙され、利用されたと言える。

 裁判に関する発言を見てもらえば分かるように、私は国家権力は信じてはいけないと思っている。だからといって全部が全部嘘っぱちだと言うわけでもない。要は「信じ切って身を任せるととんでもないことになりかねない」と言うことです。身を任せていけないのは国家は勿論ですが、あらゆる組織もその傾向を持つもので、難しいことですが自分の頭で考えて判断して行動しないととんでもない役割を負わされていることがあると言うことです。--考えても間違うことは大いにあり得ますが、自分の頭で考えた結果なら仕方がない。 (^_^;)

 上田弁護士が誰かに利用されたとしても、だからといって「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則は再審裁判においても適用されるとした白鳥事件での判例を勝ち取った功績はいささかも損なわれるものではない。これからも十分に尊重されるべき「推定無罪」原則です。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 話は少し変わりますが、いよいよ衆議院は解散しました。今日は下手な芝居を見せつけられて「自民党に任せられない」との思いを強めている人が多いと思いますが、だからといって手放しで「民主党に任せる」ではいけませんよ。どんな党であれ政権につくと「とんでもないことをやりかねない」と思った方が間違いがありません。 しっかり監督していきましょう!

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2009年6月22日 (月)

流れとともに裁判も変わる!

--足利事件、23日再審決定へ「裁判官忌避」で延期も--との記事が載っている。

 足利事件で、無期懲役が確定し、その後釈放された菅家利和さん(62)の再審請求即時抗告審で、東京高裁(矢村宏裁判長)は23日に再審開始の可否を決定する。菅家さんと女児の下着に付着した体液のDNA型が一致しなかった再鑑定結果から、再審開始を認める見通し。

 弁護側は「冤罪の真相解明が必要」として、捜査段階でDNA鑑定した警察庁科学警察研究所技官(当時)ら計11人を即時抗告審で証人尋問するよう要求。高裁が応じないため、矢村裁判長らの交代を求める忌避申し立てで対抗する構えだ。その場合、決定期日が延びる可能性もある。

北海道新聞(06/21 19:12)

 あれだけ冤罪裁判と騒がれたにもかかわらず、無罪判決は出しても冤罪にいたる捜査や裁判に対する検証作業はしないつもりらしい。テレビカメラの前でいくら芝居がかった謝罪をされるよりも、冤罪事件を二度と起こさないための具体的措置とそのための検証をこそ市民は必要としているのに・・・。

 他方、沖縄返還密約訴訟の方では画期的な訴訟指揮がなされている。

 1972年の沖縄返還をめぐる日米政府間の密約文書を、不存在を理由に公開しないのは不当だとして、元毎日新聞記者西山太吉さんらが国に不開示処分の取り消しを求めた訴訟の第1回口頭弁論が16日、東京地裁であった。杉原則彦裁判長は8月25日の次回期日までに吉野文六・元外務省アメリカ局長を証人申請するよう原告側に求めた。

 訴えているのは西山さんに加え、作家や学者ら計25人で、3月に提訴した。

 当時の返還交渉に携わった吉野元局長は2006年に、北海道新聞などの取材に対して密約の存在を認めており、杉原裁判長は「訴訟の重要な争点」とした。さらに被告の国側に「不存在ならばそれを証明する合理的な説明が必要」と求めた。
(06/17 08:19)北海道新聞

 アメリカの国立公文書館で密約を証明するアメリカ側の文書が公開されているのに、日本外務省は「不存在」だと言い張っている。「不存在」というのも不思議な言葉で、「存在したものを廃棄した」のでもなく、「アメリカの公文書は偽物だ」と言うのでもなく「不存在」だと言うのだ。日本外務省は国民から見て本当にろくでもない役所だと思わせるに十分な不誠実さなのだが、今回の裁判は別物になりそうだ。

 だからといって安心していてはいけないが。なにせ長沼ナイキ基地訴訟における平賀書簡問題のようなことが日常的に行われているのではないかと想像される日本の司法なので油断は禁物です。

 それでもなお、期待がもてると考えるのは民主党への政権交代の可能性が高まっているときだからだ。民主党の岡田幹事長は機密文書も「原則公開」にすると断言しているので公文書は確実に保管して時期が来たら公開するというように民主党政権下ではなるだろう。こうした大きな流れが裁判官を後押ししていることは間違いないところだ。

 政治上の流れが裁判に影響を与える事が素晴らしいものばかりとは限らないとしても、あまりにも長い間、自民党政権が続いたために司法も行政も自民党のご機嫌を損なわないように考え行動することが習性となって国民のことを忘れてしまっていた。そうした流れが今変わろうとしている。自民党に付いたら安心から今度は民主党に付いたら安心へと振り子は振れるが、何時までも右往左往はしていられないはず。確固とした国民益を考えるようになることを望みたい。

 私たちも民主党に期待はするが「任せる」訳ではない。期待しつつ監視することを忘れはしない。

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2009年6月17日 (水)

裁判所は勇気を持って足利事件の再検証をすべし!

 90年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」で無期懲役が確定し、服役中に釈放された菅家(すがや)利和さん(62)が17日、同県警本部を訪ね、石川正一郎本部長と面会した。石川本部長は「長い間つらい思いをさせたことを心からおわび申し上げます」と述べ、深々と頭を下げた。菅家さんは「ありがたい言葉、ありがとうございます」と深々と礼を返し、約30分間会談した。捜査当局が菅家さんと会って謝罪したのは初めて。 2009年6月17日11時59分 朝日新聞
 栃木県警の本部長が謝罪するのは当然ですが、本筋はむしろ関連に否定的な帝京大鑑定を不採用とし、科警研のDNA鑑定を証拠採用した裁判の方にある。同時期のDNA鑑定で死刑判決を受け、しかも昨年大急ぎで死刑執行された飯塚事件はこの裁判経過の検証と執行にいたる法務省の検証(何故こんなに早く執行されなければならなかったのか疑問がある)を抜きには何も解決されない。
 足利事件の再審請求で、十七年半ぶりに釈放された菅家利和さん(62)の弁護側と検察側の双方は十二日、東京高裁(矢村宏裁判長)に、菅家さんと女児の下着に付着した体液のDNA型が「不一致」とした再鑑定について意見書を提出した。意見書提出には菅家さんも同席、矢村裁判長と初めて面会した。

 弁護側は、鑑定が誤った真相や虚偽の自白をさせられた経緯を解明するため、鑑定をした警察庁科学警察研究所(科警研)の技官ら十一人の証人尋問を求め、「足利事件の悲劇を生んだ鑑定が、なぜ誤ったのかを検証しないで、再審請求の即時抗告審を終わらせることはできない」と訴えた。

 十一人の内訳は▽科警研の三人▽再鑑定を実施した法医学者二人▽自白を分析するための心理学などの専門家三人▽事件の目撃者二人▽法医学者で当時の科警研の鑑定に批判的な帝京大の石山〓夫(いくお)名誉教授。
2009年6月13日 東京新聞 朝刊


 裁判所としては厳しい対応を迫られていると思う。再審裁判において先輩裁判官の所行を逐一検証しなければならないのだから辛く厳しいものであることは言うまでもない。しかし、それをやらなければ冤罪をこの先防ぐことは出来ない。無実の罪で刑死していった人たちに申し訳ないし、真犯人が野放しになっていることでは被害者にも申し訳なく、社会にとっても危険この上ない。

 捜査機関は昔から無実の人間を罪に問うてきた。彼らが100パーセント明白に立証できているかどうかを検証するのが裁判所の役目だ。その役目を果たせていないから冤罪事件が後を絶たないのであり、恐ろしいことに命までも奪ってしまっているのだ。

 裁判所は勇気を持って再検証をやり遂げなければならない。これを回避するとしたら裁判員制度とは市民を冤罪判決の共犯に仕立て上げんとして始めたものと考えなければならない。これは司法の堕落以外の何物でもない。

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2009年6月 6日 (土)

日本の司法を揺さぶる「足利事件」

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 足利事件の菅家利和受刑者が昨日保釈された。1991年に逮捕され、2000年に最高裁により上告を棄却され、再審請求をするも2008年に宇都宮地裁から再審請求を棄却され、さらに東京高裁に再審を請求し、漸くDNAの再鑑定を認められ弁護側、検察側の鑑定とも別人の疑い濃厚との結果が出て、再審の決定を見る前の釈放となった。こうして時系列で眺めるだけでも気が遠くなるような努力が継続している。しかし、再鑑定できる証拠が保存されていて、しかも菅家利和氏が無期懲役であり死刑ではなかったという幸運が二つ揃っていたからこその無実の証明だったのだ。 死刑になった者のなかに無実の者が一人でもあってはならない事だ。だからこその「推定無罪」の原則なのだが、確実に見えたDNA鑑定にしてもこの有様である。

飯塚事件、再審請求へ DNA新証拠提出目指す

 福岡県飯塚市で1992年、女児2人が殺害された「飯塚事件」で死刑が確定、昨年10月に執行された久間三千年元死刑囚=当時(70)=の遺族が今秋にも再審請求(死後再審)する方針を固めたことが5日、弁護団への取材で分かった。弁護団は菅家利和さん(62)の再審無罪が確定的となった足利事件と同様、DNA型鑑定をめぐる新証拠の提出を目指す。

 弁護団によると、飯塚事件は足利事件とほぼ同時期に、同じ「MCT118」という検査法で、DNA型鑑定が実施された。被害者の遺体に付いた血液と元死刑囚のDNA型が一致したとされ、確定判決の根拠の一つとなっている。

 血液は残っておらず、足利事件のようにDNA型を再鑑定することはできない。ただ血液から抽出された犯人のものとされるDNA型はMCT118の「16-26」タイプで、元死刑囚の遺族のDNA型と比較するなどして誤りを見つける。

 「16-26」タイプは足利事件の旧鑑定で、被害者の衣服に残った体液や菅家さんのDNA型とされたが、再鑑定では異なる結果となった。

 確定判決によると、元死刑囚は92年2月、飯塚市内の路上で小学1年の女児2人を車に乗せて誘拐し、首を絞めて殺害するなどした。94年の逮捕以降、一貫して無実を訴えていた。
2009/06/05 23:00 【共同通信】

 飯塚事件では久間三千年死刑囚は昨年10月に処刑されてしまっている。上の記事にあるように再鑑定する血液は残っていないという。それでもDNA型の区分ででも無実を証明したいと考えている。 DNAをまごう事なき証拠と考えて処罰にかかわった捜査官、検事、裁判官、法務大臣達は今どんな思いを味わいつつこの事態の推移を見つめているのだろうか? 再度言うが処刑は昨年の10月ですよ。今日なら死刑執行書にサインはとうてい出来るものではない。

 「そうですねえ。あのー、今回の場合は、DNAの鑑定っていうのが大きなき、決め手になったんだと思いますけれども、昔のDNA鑑定のいわゆる科学的なレベルと今のレベルとは全然、あの倍率がまったく違うことになってるんで、そういったケースもあるんだと思いますが、これ一概に一般論としてちょっと答えるのは難しいです」

 ――総理、この件を受けて、冤罪防止のためにさらなる取り調べの可視化を求める議論が強まると思いますが、総理のお考えをお聞かせ下さい。

 「あ、可視化が、かの、必ずしも、それにつな、可視化にしたからといって途端に、あの、よ、それが良くなるという感じはありません」

 ――総理、そうは言っても、無実の人が捕まって刑に服することはあってはならないことだと思いますが…。

 「それ今答えた通りです」
 ――そういった国家のあり方を考える上で…。

 「国家のあり方ってどういう意味です?」

 ――冤罪が起きないような国にするために、総理は被疑者の言い分や自白がちゃんと録音されている可視化というのは必要だと思いませんか。

 「僕は、基本的、基本的には、一概に、可視化すれば直ちに冤罪が減るという感じがありません」(軽く頭を下げて立ち去る)(朝日新聞)

 こんな重大な事態の転換を目の当たりにしてもこんな発言の出来る人がいるのですね。DNAですらこの有様なのに、自白偏重の裁判はどうよと聞いているんだよ。こんなので裁判員制度が始められるのかとも聞いているんだよ。 人の生き死にが掛かっているのに一般論で語ろうとするんじゃない!って、全く嫌になっちゃう。 「一概に」、「一般論で」、「基本的に」、「直ちに」云々とひねた子供がつまらん言い訳の仕方を覚えてしまったようで、事実の無理解と言説の無内容は耐え難い。

誰だ、こんな馬鹿を総理大臣にしたのは!?

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2009年5月18日 (月)

判決はともかく、弁論内容に疑問。

厳罰にどよめく法廷、父母涙「司法に思い通じた」 福岡3児死亡事故

 判決の瞬間、法廷がどよめいた。「原判決を破棄し、懲役20年に処する」――。15日午前言い渡された、福岡市東区で起きた3児死亡飲酒運転追突事故の控訴審判決。福岡高裁501号法廷に陶山(すやま)博生裁判長の声が静かに響くと、大上哲央(あきお)さん(36)、妻かおりさん(32)がひざに抱えた3児の遺影が震えた。

 1審判決を大幅に上回る重い刑が下されたことに、傍聴席の多くの人が得心した様子だったが、今林大(ふとし)被告(24)の弁護人らは「到底納得いかない」と反発していた。
(2009年5月15日 読売新聞)


 危険運転致死傷罪の適用にばかり注目が集まっているが、この裁判も大きく世論の影響が感じられる裁判で、一審では被害車両側の居眠り運転が認定されていたりして、かなり泥仕合的なものを感じている。しかし、私が不思議に思うのは橋の手摺りの強度に関する議論が全然なされていないことだ。 自分が加害者であったなら、自分が悪いとしても自己弁護を試みる事の出来る理由を探すと思う。その時に、子供3人を失った被害者の落ち度を探すよりは橋の構造上の欠陥を指摘する方が心理的に相当楽ではないだろうか?橋の端まで進んだ被害車両が海に落ちないでとどまったならば事故の様相は相当違ったものとなっていたはずだ。3人の幼い命が助かっていれば、飲酒運転による事故の象徴のような事故とはなっていなかっただろう。

 もし、橋の手摺りの強度が車両を支えるほど強かったなら・・・と主張する方が、父親の居眠り運転を主張するなんて事よりも遙かに心理的負担が少ないにもかかわらず、何故そちらを主張しているのだろうか? 全く理解に苦しむ。

 わざわざ被害者と世論の処罰感情を煽っているように感じられてならない。和歌山カレー事件裁判でも感じることなのだが、被告と弁護士の間の信頼関係が結ばれないまま、もっと言うと弁護士も被告に処罰感情をたぎらせたまま弁護活動をしているのではと疑ってしまうのだが・・・。これは世論に対する迎合の故なのか、そもそも弁護士をも含む形での司法の劣化なのか?

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